2023年3月15日水曜日

Ormond Sacker, Tobias Willa "The Sherlock Holmes Escape Book: The Adventure of the London Waterworks" [シャーロック・ホームズ脱出本:ロンドン水道の冒険]

ほぼ衝動買いみたいなことだった。

まず表紙がボール紙でしっかり強化されていて円盤が取り付けられている。このギミックにまず惹かれる。この円盤は本書内に出てくるパズルを解くために使用する。内容は一時期流行った脱出ゲームの書籍化だが、紙のノベルゲームみたいなことだ。あるいは昔からあるアドベンチャーゲームブックの形式と言ったほうが分かりやすいかもしれない。パズルの解答によって話が分岐し、例えば「答が青なら19に進む。赤なら25に進む」みたいな感じで次に読むべきページが指定される。基本的にはすべてのパズルに正解しないと最善の結末には到達せず、運の要素はない。

パズルの内容は、中学生くらいなら解ける程度の算数みたいなのも多いが、難しいのは絵からヒントを拾う問題で、目の良い人でもルーペを用意したほうがいいかもしれない。そもそも本文の活字も小さい。解けなくても巻末にヒントがあるし、それでも分からなければ答もある。最善の結末に至るための最も重要なヒントは書いていないようだが、そこはそんなに難しいわけではない。

日本語でも似たような趣旨の脱出ゲーム本はあるが、本書はそれよりはしっかりと読ませるストーリーがある。主人公(読者)がホームズということで、一応ホームズ作品(のタイトル)を知っていたほうがいいが、ググれば簡単に済むことだ。また本書のプレイ時間は「火吹き山の魔法使い」とか「ソーサリー」みたいな膨大なものでもない。あれは確か一冊に400くらい項目があったと思うが、本書は112に過ぎない。すべての分岐を読み切るのも十分可能だ。絵はいかにも昔のヨーロッパの児童書な感じがして、アドベンチャーゲームブックを思い出させる。これは実物を見たら自動的に買ってしまうよな…と思う。

まとめると対象読者は中学生男子というところか…。こんなのが教室に一冊あったら当分盛り上がりそうだ。大人が読んでも面白いと思うが、わたしみたいに脳が中学生の大人が言っても説得力がないかもしれない。ただ、日本の中学生が読めるように翻訳するとなると、パズルが基本的に英語なんで、全部作り直しになりそうだ。絵も描き直しになると思うが、この絵はもったいない。そもそも、この本、一応ペーパーバックではあるが、手に取って物理的に美しい仕上がりになっている。これはシリーズ第一巻なのでこれからどんどん読んでいく。

I love this physically beautiful book. The illustrations are nostalgic.

Ammonite Pr (2019/10/1)
言語: 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1781453483

2023年2月28日火曜日

Keith Humphreys "Addiction: A Very Short Introduction" [依存症:非常に短い入門]

目次:1. 地勢を理解する 2.依存症の性質 3.依存症の原因 4.回復と治療 5.依存症への文化的・公共行政的接近 6.依存症の未来

まずaddictionを依存症(dependencies)と訳すのが正しくない気もするが、意味としてはそういうことで、主に薬物依存症の病状と予防・治療の概観。ギャンブル依存とかスマホ依存みたいなことは言及はされているが主な対象ではない。対象の薬物は主に酒たばこの他コカインやヘロインとかだが、違法薬物のリストなどは描写されない。本書にもあるように違法薬物による公衆衛生上の全損害を足しても合法薬物である酒たばこには到底及ばない。また刑事司法にもあまり触れられていない。著者の考えでは、この件はあくまで公衆衛生の問題であり、警察や道徳の問題ではない。ありがちな違法薬物のリストや裏社会の流通経路の描写もない。

依存症の問題となると、身近に依存症の人がいたり、飲酒運転の被害者がいたり、逆に大麻解禁論者がいたり、道徳や神の愛を説く人がいたりしてムダに感情的な議論になりがちだが、筆者は一つずつ丁寧に感情論を排除して"evidence"に基づいて実態を説明してく。その手際がほとんど哲学的と言っていいようなレベルで、内容そのものも素晴らしいが、文章はこういう風に書くものだと感心する。

内容については、多分、基本的なんだろうけど、わたし自身が依存症に縁がないこともあって、色々勉強になった。わたしの依存症についての知識は吾妻ひでおの「アル中病棟」くらいしかない。あれはあれで本書と合わせて万民が読むべきだが、ドラマ化の話は作者死亡で立ち消えになったと聞いている。わたしは酒もたばこも好きだが、金がかかるし健康に良くないのでどっちもやってない。コーヒーはこの本では全く相手にされていないが、普段大量に飲んでいても胃が悪くなれば何か月でも飲まないで過ごしたこともある。依存症に縁のない体質なんだろう。そんなわけで酒でもたばこでも依存症の人に冷たい目を向けがち(止めたらいいだけやん)だが、まあそんなことを言っていても公衆衛生は改善しない現実がある。本書にもあるように依存症に遺伝的要因があるのは事実だが、どんなに遺伝的要因があっても、ヘロインをやらなければヘロイン依存症になるわけがないのも事実で、とにかく特定の政策を支持したり精神論を叫ぶ前に現実を冷静に認識する必要がある。

著者は徹底的に現実的で、古い理論やいい加減な巷説を丁寧に排除して事実を描写していく。ただ厚生行政については明確に意見があり、例えば大麻解禁にははっきり反対だ。もちろん大麻を完全に合法化すれば大麻の生産販売消費に関する犯罪は定義上ゼロになるが、合法薬物である酒による公共への被害の大きさを考えれば答は明白であろう云々。経済にも目が届いていて、最後には一部の金持ちが大多数の貧乏人を依存症にして搾取するディストピアも描写している。実際のところ、豊かな国ほど薬物中毒が蔓延するのは事実で、薬物中毒が貧富の格差を拡大するのに寄与して、貧乏人に対する道徳的軽蔑が増すみたいなことは考えられる。そうでなくてもプロテスタントの国は貧乏人=道徳的に劣っているから貧乏という考え方をする人種は多い。

日本語でこういうテーマの本だと、ムダにセンチメンタルな感情ポルノだったり、逆にムダに裏社会感を強調する大人向けホラーだったりして、その意味では吾妻ひでおは冷静だと思うが、Oxford University Pressの安心感がある。そういえば、あんまり関係ないかもしれないが、メンヘルと呼ばれるライフスタイルを送る人の中に、やたら向精神薬を自慢気に見せびらかす人種がいるが、あれもなんか「かっこいい」という認識なんだろうな。文化も重要だ。色々考えてしまう本だった。

I love the way the way the author explains the basics of addiction. Very careful, well-balanced, evidence-based, and almost philosohical.

Oxford Univ Pr (2023/5/23)
言語:英語
ISBN-13:978-0199557233

2023年2月22日水曜日

Duncan Pritchard "Scepticism: A Very Short Introduction" [懐疑:非常に短い入門]

目次:1.懐疑とは何か 2.知識は不可能なのか 3.知識を弁護する 4.生き方としての懐疑

ものすごく丁寧に書かれた本だが脱落者多数という気のする本だ。最大の理由は普通に読んでいくと著者が何を目指して議論を進めているのか分からないことにある。もしかすると後から読んでいったほうがわかりやすいくらいかもしれない。

というわけで、最後の章から紹介すると、それまでの話からすると唐突にアリストテレスとかが出てきて、よりよく生きるためには適切な懐疑が必要であるとかいう話になる。つまり、この著者は良識的な知的謙虚さを擁護しようとしているのであり、特に最近目立ってきた反知性主義みたいな極端な懐疑論というか陰謀論や不可知論と戦うのがこの本の目的であり、ここまでの話は全てそれに向かっている。筆者が言うほど科学が信用できるかどうかという問題はあるが、それは枝葉に過ぎない。ただ、これが枝葉に過ぎないというのは最後まで読んだから判定できるので、筆者の科学への信頼の強さに引っかかって最初のうちに読むのを中断する人もいるだろう。

本書のそれまでの主要部分は、主にBIV(Brain in a vat)と呼ばれる極端な懐疑論、要するに「今わたしが経験しているのはすべて幻覚かもしれない」という仮説をめぐる話だ。ただ、著者は別にこの仮説自体を否定するわけではない。著者が否定したいのは「だからどんな知識も不可能である」という結論で、これも早めに言ってくれないとなあ…と思う。これをわかっていないと、何のために色々な細かい議論(しかもその細かい議論も一々引っかかるところが多い)を積み重ねているのかわかりにくい。著者は懐疑論を相互に矛盾する三つの命題のパラドックスにまとめて、解決策の例として三つの説を紹介する。それぞれ一長一短みたいなことだが、ここが本書のコアだとすると、特にこの話に大枠で合意しない人は少ないと思う。簡単に言うと①不可知論は常識に反する②知識の定義の仕方の問題③どこかに出発点となる「自明の真理」がないと懐疑すら不可能というところ。もちろん、著者はこの三つのうちの特定の立場を推しているわけでもない。

で、最後の章でアリストテレスが出てきて、極端な懐疑論は良い生き方に寄与しないとかいう議論が出てくるが、反発する人も多いだろう。結論がどんなに不毛で破滅的かは真理が真理であることと何も関係がない、という流儀もあり得る。言っていることとやっていることが違うというのが有効な反論かどうかも微妙な話だ。等々、わたしも今書いているだけで色々論点が出てきているようなことだが、実際に読んでいる最中は一ページごとに文句が出てきてしまう。本書はわりと懐疑論との対話みたいな感じで書かれているが、考えながら読むというより、いったん全部話を聞いてやるかみたいな態度で読んだほうがいいかもしれない。哲学としては初歩的な議論だと思うが、初心者は結構色々な論法を学べる気もする。

Written in defence of common sense, not for destroying our daily mundane world. If you excuse me, it's very British....

Oxford Univ Pr (2019/12/1)
言語 : 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198829164

2023年2月20日月曜日

Philip Moriarty "Nanotechnology: A Very Short Introduction" [ナノテクノロジー:非常に短い入門]

目次:1. NanoPutへようこそ 2.閉じ込められた量子 3.バラバラにすることと組み立てること 4.bitからitへ、itからbitへ 5.ナノマシン 6.ナノボットは近い?

最先端のナノテクノロジーの紹介。技術的詳細というよりは、今何ができるようになっているかの紹介がメインだ。最初のうちは原子を一つずつ目的の場所に置いていくようなことだが、この程度は序の口で、最終的には特定の化学結合や原子の特定の電子一個のスピンを操作するところまで行っている。「今そんなことできるようになってんの」みたいな驚きが圧倒的で、なんかその驚きだけで一冊読み終わってしまった感じだ。原子なんて粒子というよりほとんど波みたいなものだし、そんな物をつまんで好きな場所におけること自体が異常だが、既に解像度は原子以下のレベルに到達している。ただしどうやってそんなことができるのかの説明はほぼない。この本でわかるのは超真空とほぼ絶対零度の環境が必要なくらいだ。そういうことでは"Microscopy: A Very Short Introduction"が詳しい。ただ、7年前の出版だともしかするとこの分野の場合は既に昔かもしれない。

応用面では量子コンピュータを含む計算機と生物学にかなり紙幅を取って、最後はSFみたいな話になっている。この分野は一時期未来予測や人体への害で相当な論争があったらしく、著者の考えも述べられている。ただこの辺りは言っている意味は分かるが、背景に詳しくないとあまり議論が白熱する意味がわからないかもしれない。全体的にSFみたいな読後感だが、実際に実験室内では進行している話だし、近い将来日常生活に応用製品が出てくるかもしれない。それまではSFを読むのとそんなに気分は変わらない本かもしれない。

This is not a science fiction, though, I read it as such. It is still an in-lab technology. Someday, there will be abundant products of nanotechnology in our daily life.

Oxford Univ Pr (2023/2/23)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198841104

2023年2月18日土曜日

Chung-Leng Tran , Sébastien Racineux "Le café c'est pas sorcier" [コーヒーは難しくない]

コーヒーに関するよもやま話だが、豆・焙煎・挽き方・エスプレッソマシン等、飲むまでの工程も一通り解説されていて実用性もあり、基本的には消費者~喫茶店店員くらいが対象か。絵本みたいな体裁だが、中身もわりとしっかりしていて、日本語訳も出ているくらいで、変にプロっぽい教科書みたいなのを読むよりいいかもしれない。個人的にはペーパードリップもしっかり説明されていたのはうれしいが、アルコール系はもう少し欲しかったかもしれない。本当に極めたい人はこんな本を読んでいる場合ではないと思うが、単なる消費者なら、これくらい情報があればもう良いよとなるんじゃないかな。そのうちフランス語で珈琲の話をする機会があったら役に立ちそうだが、まあそんなこともないだろうか。

Bon. C'est pas sorcier. Cependent, je vais au starbucks.

Marabout(14 septembre 2016)
Langue ‏ : ‎ Français
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-2501103459

2023年2月17日金曜日

Edward T. Hall "The Hidden Dimension" [かくれた次元]

目次: 1.コミュニケーションとしての文化 2.動物における距離調整 3.動物における混雑と社会行動 4.空間の知覚:遠距離感覚器-目と耳と鼻 5.空間の知覚:近距離感覚器-肌と筋肉 6.視覚空間 7.知覚への導きとしての芸術 8.空間の言語 9.空間の人類学:組織化モデル 10.距離は人なり 11.異文化間文脈でのproxemics-ドイツ人とイギリス人とフランス人 12.異文化間文脈でのproxemics-日本とアラブ世界 13.都市と文化 14.proxemicsと人類の未来

"proxemics"という概念が提唱された本だが、翻訳が難しい。Wikipediaでは日本語で一応「近接学」という翻訳になっているが、多分中文の「空間行為学」のほうがマシだろう。簡単には、空間の知覚には人間の全感覚器が関与しており、しかも文化の差がかなり大きく、それを記述して解明していこうと試みる学問ということになるだろうか。著者は文化人類学者で、初版1966年ということで相当古いが、今でも主に建築学科の学生が読まされているらしい。確かに昔、近接心理学とかパーソナルスペースという概念をやたら語る人がいたのは、この本のせいだったんだろう。わりと生協の本屋とかでも原書も翻訳書も常に置いてあったし、昔から目には入っていたが、建築学にも文化人類学にもあまり興味がなく、タイトル的にも惹かれないので、ずっと手にしていなかった。

最近建築家の人がこの本に触れていたので、急に気になって読んでみたが、まあ確かに読んでよかった。最初のほうの動物の話はあまり興味がないが、特に日本庭園とか絵画における距離感の描き方の分析は勉強になった。日本庭園なんて、なんか無意味に気取った錦鯉を泳がせておく金持ち趣味くらいにしか思っていなかったが、本書によると、散歩して筋肉の動きなどで空間を感じるために設計され尽くされているらしい。画家の空間の描き方なんかも、言われてみればということが色々ある。この本を読んで、その場で自分のいる周りの空間を見渡すと、見え方が変わってくる。世界観が変わると言っても言い過ぎではないかもしれない…。

建築家の人は常にこういうことを考えているんだろうし、建築学の書棚にはこういう主題の本はほかにもいろいろあるのかもしれないけど、わたしとしては斬新な考察だった。やっぱり色々興味なさそうな分野の本も読んでみるものだ、という感想。

I do not know much about this field, namely "proxemics", architecture or cultural anthoropology, but I found this book is fascinating. Nobody can escape from influencies of proxemics.

Anchor(1990/10/1)
言語 : 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0385084765

2023年2月14日火曜日

Timothy Williamson "Philosophical Method: A Very Short Introduction" [哲学的方法:非常に短い入門]

目次:1.導入 2.常識から始める 3.議論する 4.用語を明確にする 5.思考実験をする 6.理論を比較する 7.演繹する 8.哲学史を用いる 9.他の分野を用いる 10.模型構築する 11.結論:哲学の未来

目次から分かるように、哲学そのものと言うより、哲学の研究で使われる様々な方法の概要というか、実例込みの紹介というか。多分、哲学科に入ったばかりの学生相手の案内みたいな意図で書かれたのだと思うが、わたしとしては大家による愚痴混じりの業界雑談みたいに読める。これもVSIにはたまにあるパターンだが、久しぶりにこのパターンに出くわした気がしている。

というわけで、素人が興味本位で読むには、ちと哲学の内実自体が少なすぎるし、同僚の悪口が多すぎるんじゃないだろうか。例えば、縄文時代に興味を持った人は、普通に縄文時代に関する本を読むはずで、縄文時代の研究のために使われる様々な手段に関する本には最初は行かないと思うわけですよ…。だから、この本を読むのは哲学に興味を持ったばかりの人ではなく、多少は哲学に足を踏み入れて、これから自分で研究していくか…くらいの人だろう。あと、哲学は法学と同じくらい英米系と大陸系の区別があり、この本は完全に英米系で、大陸系から見れば自然科学や数学を異常に参照する。大陸系に親しんでいる人はかなり違和感があるはずだ。

まあこの本でなくてもVSIに優れた哲学本はたくさんある。記憶に残っているのはMetaphysicsとかLogicだが、この投稿の下のラベル:哲学を踏めばいくらでも出てくる。

One of the VSIs where a cranky old giant talks about his field and his collegues.

Oxford Univ Pr (2020/11/1)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198810001

2023年1月26日木曜日

Claire Belton "Pusheen the Cat's Guide to Everything" [プシーン猫のなんでも案内]

pusheen.comからの最新刊。若干のユーモアのほかはただ可愛いだけ。日本で言えばすみっコぐらしと同じ客層になるだろうか。今回はbrotherだのsisterだの大幅にキャラが増えていて、特にオスが出てきたのをどう考えるかだが、人気が出て続いていくとこういうことになる。すみっコぐらしも当初は隅っこでそれぞれコンプレックスを持ってコソコソ生きている集団だったはずが、今やただのリア充集団だ。Pusheenについては元々そんな暗い設定はないので問題にならない。どうでもいいが、Hatsune Mikuとのコラボグッズが当初言われていたほど出てこないのは引っかかっている。

Kawaii.

Gallery Books (2023/1/10)
言語: 英語
ISBN-13: 978-1982165413

Paul Lafargue "Le Droit À La Paresse: Réfutation Du Droit Au Travail De 1848" [怠ける権利:1848年労働法への反駁]

有名な古典で、多分Bertrand Russell "In Praise of Idleness" [無為を讃えて]の直接の元ネタだろう。別に入り組んだ内容ではない。Russellと共通する中心的な認識は、機械化の進展で必要な労働量が減っているにも拘わらず労働はどんどん厳しくなり、そのわりに失業は増え、労働者による過剰生産と資本家の過剰消費が発生しているということだ。この事態を批判するはずの社会主義勢力も労働を神聖なものと持ち上げたり、あまつさえ労働の権利などと言い始める始末で、狂っていることに変わりはない。重要なのは労働権le droit au travailなどという狂気の概念ではなく、怠惰の権利le droit à la paresseである云々。わたしとしては御尤もな説だと思う。

LafargueまたはRussellの時代と現代日本の差はどれくらいあるだろうか。と考えた時に過剰生産vs過剰消費と過剰労働vs失業の対立が主な議題にはなると思うが、それはそれとして、個人的には「労働が美徳か悪徳か」というのはかなり大きな論点だ。または、どんな労働でもやらないといけないのなら楽しくやったほうが精神衛生に良いとしても、「働かないと暇すぎて苦痛」などというのは人として堕落しているような気もする。一般論としてプロテスタントは労働を神聖視するがカトリックはそうでもないとか、資本主義経済の下での労働が酷いとしても共産国の労働よりマシだろうとか、とにかく、この本を出発点に色んなことを無限に語れ過ぎて、今ここに書く気にならない。日本語訳もあるので読書サークル的なもので選定すれば、無限に議論が続くのは確実だ。

On peut avoir des discussions sans fin basées sur ce livre.

Legare Street Press (2022/10/27)
言語: フランス語
ISBN-13: 978-1016892148

2023年1月24日火曜日

Glen Van Brummelen "Trigonometry: A Very Short Introduction" [三角法:非常に短い入門]

これは翻訳すればVSIの中で過去一売れるかもしれない。高校生にはやや難しいかもしれないが高校の先生くらいが注を補完すればいいだろう。もちろん大学生なら読めるはず。

第一章「なぜ」この本は歴史の記述が魅力の一つだが、導入としてヒッパルコスの天文の問題とブルシューの塔の高さを測る問題とケルヴィン卿の潮汐の問題が語られる。この時点ではあまり面白そうな本の気がしないのだが。

第二章「正弦・余弦とその仲間たち」三角比が一気に導入される。おなじみのsine正弦・cosine余弦・tangent正接・cotangent余接・secant正割・cosecant余割のほかに普通の八線表にあるversed sine正矢・versed cosine余矢、さらにexsecant外正割・excosecant外余割・haversine半正弦が歴史的経緯とともに加えられる。グラフと逆三角関数も導入され、本書で使う基本的な三角関数が出そろう。

第三章「素手で正弦表を構築する」三角関数表の作成は世界中どの文明でも重要だったが、その歴史が語られる。必然的に加法定理や倍角の公式も出てくるが、21倍角の公式はこの本でしか見たことがない。冗談みたいな公式だが、手計算で精度を上げていくには避けられない。

第四章「恒等式、さらに恒等式」三角関数の様々な公式が実例や歴史とともに語られる。正弦定理・余弦定理以下、多分高校の教科書に載っているような公式は多分全部載っているが、モルワイデの公式とかあまり知られていないものも多い。

第五章「無限へ」三角関数の無限級数展開が扱われる。この本はあまり微積は使わないが、どうやって微積を使わないで正弦関数がテイラー展開されるのか疑問に思うような人は、多分、この本の良い読者になる。関数電卓が使っているCORDICの説明も勉強になる。フーリエ級数も扱われる。

第六章「さらにcomplexに」複素平面の導入からオイラーの公式、さらに双曲線関数の様々な公式が導入される。普通の教科書だと双曲線関数は突然定義されることが多いように思うが、ここでは導入の経緯から説明される。

第七章「球とその先」おそらくこれが著者の本領だが、名前だけ有名で実際には誰も勉強していない球面三角法について語られる。理屈の上では高校生でも「読者のための練習問題」を処理して読んでいけるはずだが、マニアックかもしれない。ちょっとWebを検索してもネイピアの円くらいは日本語で出てくるが、pentagramma mirificumとか日本語の定訳が見当たらない。

VSIでこういう高校の教科名みたいなタイトルはわりとレベルが低く、わたしはあまり手を出さないのだが、この本は退屈しなかった。純粋に数学的内容として知らないことは最後の球面幾何以外はほとんどなかったが、歴史的経緯が面白い。高校生が読むと普通に数学の勉強になるかもしれないが、大学生以上が楽に読んでも十分面白いと思う。あと、一応数学書には違いないので、多分電子書籍より紙で読んだ方が良い。

A good math review book for high school students and a wonderful relaxation reading for undergraduates or higher levels.

Oxford Univ Pr (2020/3/2)
言語:英語
ISBN-13:978-0198814313

2023年1月13日金曜日

Freda McManus "Cognitive Behavioural Therapy" [認知行動療法:非常に短い入門]

目次:1.CBTの行動学的起源 2.CBTにCをつけること 3.CBTの背後にある理論 4.CBTのスタイルと構造 5.CBTの方法 6.CBTの応用 7.将来の方向性と課題

心理療法と呼ばれる治療みたいなものは色々あって、人によって思い浮かべるものが区々だと思うけど、わたしの場合はまず1960年代くらいでアメリカで流行ったような精神分析だ。だいたい患者はほとんど寝ているみたいな楽な椅子に座っていて、精神分析医はその後ろでメモを取っているみたいな…。一時期はまともな上流階級の人間は週一くらいで精神分析セッションを受けているみたいな感じだったらしい。まあ、現代日本でもメンヘルとかいうライフスタイルが存在して、それに近いのかもしれないが。

精神分析は相当色々な文献を読んだが、結局あまり流行らなくなったし、わたしも興味を失ったというのは、話としては面白いんだけど、現実に治療効果が低いのと科学的根拠が無さすぎるからで。あと、薬も発達したし、フロイトがアクセスできなかった脳科学の知見も増えてしまった。フロイトの知見が全部無意味とは思わないが、わたしとしては、未だに精神分析がどうこう言っている人たちを、未だにマルクスを読んで有益な知見を絞り出そうとしている人たちと同じような目で見ている。酷い場合は精神症状は全部幼少期の性的虐待のせいみたいな本が売れて、大量の冤罪が生み出されたとか。

それとは対極にあるというか、それに反発したように出てきたのが行動主義で、ここから本書は始まる。心理学といっても科学的でなければならないということで、まず、目に見える行動以外は非科学的なので研究しないという心理学が出てきた。当然すぐに行き詰まり、やはりCつまり認知の要素も必要ということになって少し緩和されたようなことだ。

本書で語られる対象は、主に強迫神経症のようで、多くの場合、患者は、認知というか事実の解釈が間違っているらしい。例えば「心臓がどきどきする」というのを「死ぬかもしれない」と考えてしまう間違った信念があり、この信念が間違いであることを患者に体感させるのが目標らしい。どうも話が雑過ぎるし、そんな知的な説得で群衆恐怖症とかが治るんなら楽な話に思われるが、多分実際に効果があるんだろう。鬱病におけるnegative thinkingも対象として挙げられているが、とにかく主題は「患者の持っている間違った考えを訂正すること」であり、そんな話ならそう言えばいいだけで、どうもCBTの必要性が良く分からない。患者自身が実験して確認するというのが重視されているが、それにしても別にセラピストはいらないような…。実際最後のほうでは読書療法とか言い出して、CBTの本を読むだけでも効果があるとかいう話になっている。

要するに本書を読んでも、全体的にちょっとわたしにはピンとこない話だ。ただ、これはわたしがそういう問題に縁がないからで、医療の現場では少なくとも精神分析よりは治療成績がいいんだろう。最新の療法としてマインドフルネスを使うMCBTとかいうのも出てきて、もちろんマインドフルネス自体がそもそも心理療法なんだろうけど、そう思うと、全体的に自己啓発書に書いてあることみたいな話も多かった。もちろん自己啓発書のほうがCBTから知見を引用しているのだと思うが、一応科学的という意味で自己啓発書を読むよりこの本を読んだほうが良いかもしれない。ともあれ、CBTの概説書ではあるので、これから治療を受けるとか、そんな理由でどんなものか知りたければ読んで損はない。

An overview of CBT. Maybe CBT is very effective and practical for some sorts of psychological disorder, which I do not understand much, even after reading this book....

Oxford Univ Pr (2022/7/28)
言語 : 英語
ISBN-13: 978-0198755272

2023年1月9日月曜日

Silvanus P. Thompson "Calculus Made Easy" [簡単微積分]

目次:1.最初の恐怖からの救出 2.小ささの様々な程度 3.相対的成長について 4.最も簡単な場合 5.次の段階:定数をどうするか 6.和差積商 7.連続微分 8.時が変化する時 9.有益な回避法の導入 10.微分の幾何学的意味 11.極大値と極小値 12.曲線の曲率 13.他の有益な回避法 14.真の複利と有機的成長の法則 15.sinとcosをどう扱うか 16.偏微分 17.積分 18.微分の逆としての積分 19.積分で面積を求めることについて 20.回避法と落とし穴と勝利 21.いくつか解を見つけること

初版は1910年の歴史的名著とされている。内容的には初歩の微分から最後は一応簡単な微分方程式まで。演習問題は完全解答付きだが、そんなわけで一々解いていない。特徴としては、極限とかその他の厳密な議論をすっ飛ばしており、基本的には直観に訴えている。優れたヴァイオリニストがヴァイオリンを自作できる必要はないとかいう理屈で、まあ、今でも微積のこういう教え方は時々あると思うが、その元祖くらいなのかもしれない。にしても、ここまで乱暴な本はあまりないかもしれない。著者も言っているが、多分、同僚からボコられるんだろう。

そんなこともあるし、タイトルからして軽く見られそうだが、一応しっかりした微積分の入門書である。少なくとも高校程度の微積分はカバーしているし、演習問題もしっかりある。ただ、普通の大学のカリキュラムと整合しないと思われ、この本だけで微積分を済ませるわけにはいかないのが現実だろう。他方ε-δみたいな普通のカリキュラムは、何をそんなに気にしてそんな必死に議論をしているのか数学者以外には謎と言う問題もあり、どうかみたいな。

わたしにはどっちがいいのか判断する資格はないが、工学的な計算ができればいいだけなら、これで良いのかもしれない。少なくとも電験一種くらいならこれくらいで十分だろう。あるいは、微積分を教える側にとって有益な本かもしれない。

The easiest possible introductory course for calculus.

Independently published (2022/1/11)
言語: 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 979-8799511098

2023年1月6日金曜日

Chris McMullen "Essential Calculus Skills Practice Workbook with Full Solutions" [基礎微積分:技術練習帳完全解答付き]

目次:1.多項式の導関数 2.連鎖の規則、積の規則、商の規則 3.三角関数の導関数 4.指数関数の導関数 5.対数関数の導関数 6.二階導関数 7.極値 8.極限とロピタルの規則 9.多項式の積分 10.定積分 11.三角関数の積分 12.指数関数と対数関数の積分 13.多項式置換による積分 14.三角関数置換による積分 15.部分積分 16.多重積分

世界的に評判の良い初歩の微積分の問題集。わたしはこれ以上に簡単な微積分の本を見たことがない…というのは、普通の微積分の導入で語られる面倒な理論的背景は完全に省略されている。つまり「すべての正の実数εについて」みたいな面倒くさい話が一切なく、ただただ微分と積分が機械的にできればよろしいというようなことだ。例えば最初からax^bの導関数はabx^(b-1)であるみたいなところから始まり、なぜそうなるのかの説明は一切ない。

解答はうっとうしいくらい丁寧で、簡単な式変形も省略しないで全部書いてあるし、正解の表記が何通りもある場合は全部書いてある。今の日本の高校の数学がどんなものか良く知らないが、この程度の微積分は高2くらいではなかろうか。相当数学が苦手な人でも「そこまで書かなくていいよ」と言って大半を読み飛ばすと思われる。

一つ、この本の明確な特徴として、三角関数として正弦・余弦・正接の他に普通に正割・余割・余接を使っている。裏表紙に本書に必要な公式が全部乗っているが、例えば∫secθdθ=ln|secθ+tanθ|+Cなどというのは公式扱いであり、説明はない。まあ右辺を微分すればすぐに分かることではあるが。

この辺りは好みなのかもしれないが、わたしはsec, csc, cotは使うべき派であり、tan^2θ+1=1/(cos^2θ)よりtan^2θ+1=sec^2θのほうがどう考えても覚えやすいと思うし、こういう本でもっと普及すればいいと思っている。

あと最大の特徴として、この本はworkbookということで、問題の一つ一つに対して余白があって、答を書き込めるようになっている。つまり別途紙を用意しなくていいということだが、これは人によっては利点かもしれない。この結構な余白と異様に丁寧な解答のせいで、ページ数のわりに問題数は少ない。

そんなわけで、この一冊で「微積分は全部片づけた」とは到底言えないが、多分、この本は昔勉強した微積分を思い出すためにやる人が多いんだと思う。わたしについては微積分は全然忘れていないが、とにかく試験であまりに計算間違いが多いので、算数ドリルと思って暇な時にやって三日で終わっている。知らないことは何もないのだが、やっぱり計算間違いはするもので、少し自分が勘違いしやすいポイントは分かったかもしれない。

Very good for revision.

Zishka Publishing (2018/8/16)
言語 : 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1941691243

2022年12月21日水曜日

Randall Munroe "What If? 2: Additional Serious Scientific Answers to Absurd Hypothetical Questions" [もし-だったら2 :無茶な仮定の質問に対する追加の真剣な科学的な回答]

"What If?"の続編。前が八年も前というのが信じられないが、この間"How to"とか"Thing Explainer"もあったし、何より著者のサイトxkcd.comを頻繁に見ているから、あまり久しぶりな気がしない。

内容は副題の通り前著"What If?の継続で、基本的にはxkcd.comで受け付けた質問に対する回答という形式。最初のうちはただの数値推定みたいな話が多くて(フェルミ推定とかいうのが流行った時期だろうか)、面白いのもあればそれほどでもないのもある。考えたら、出版界でムダに真剣な科学的考察というのが流行った時期が確かにあったが、生き残っているのはこの著者だけのような気もする。こういうの何人もいらないからな…。読むなら前著から読みたいような気もするが、別にこの本から読んでもいいし、何ならどこから読んでもいい。翻訳はまだ出ていないようだが、そのうち出るんじゃないだろうか。誰が読んでも面白いとは思えないが、xkcd.comのファンは全員読むだろう。

Great, as expected.

Hodder & Stoughton (2022/9/13)
言語:英語
ISBN-13:978-1473680623

2022年12月11日日曜日

Jeff Kinney "Diary of a Wimpy Kid #17 : Diper ÖverLöde" [軟弱な子供の日記#17: Diper ÖverLöde]

このサブタイトルは、このシリーズを追っている人には分かるが、主人公の兄Rodrickのやっているバンドである。表紙は主人公Gregで、なぜこんな絵になっているかは最後のほうで判明するが、内容のほとんどはRodrickとその仲間たちのエピソードだ。このシリーズは第一巻からもう何年もずっと出るたびに読んでいて、まあだいたい面白いんだけど、正直なところ、この巻はちょっと低調だったかな…。

というのも、この巻の主役は結局Rodrickなのだが、ファンは知っているように、このRodrickというキャラはかなりハードボイルドというか、無表情であまり何も話さない。絵で言えばほぼ吹き出しがつかない。残りのバンドメンバーもあまりなじみがないし、わたしも最後まで読んであまり誰が誰か覚えていないようなことで、主要キャラが全部ちょっと遠目の描写になっているのが迫力に影響しているのかも知れない。さらに直前の#16はシリーズ最高傑作だったからなあ…。あとタイトルがこれなんで、やや下ネタが多めで、子供には受けるのかもしれない。

それはそれとして、この本は「グレッグのダメ日記 なんだって、やってやる!」という翻訳がポプラ社から出版されている。というか、過去分も含めてシリーズが全部翻訳されているようだ。このシリーズ、前からほぼ犯罪スレスレかどう考えても軽犯罪みたいなことをやっているが、この巻については完全に犯罪を犯しており、ポプラ社的にいいのか心配になる。まあPTAから禁書指定されるほど読まれていないのかもしれないが。わたしに子供がいたら読ませるし、大人でも十分面白い。英語の勉強としてもお勧め。

出版社: Puffin (2022/10/25)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0241583081