2026年5月28日木曜日

Margaret J. Snowling "Dyslexia: A Very Short Introduction" [ディスレクシア:非常に短い入門]

Dyslexia (Amazon.co.jp)

目次:1. ディスレクシアは存在するのか 2. どのように読むことを学ぶ(または学ばない)のか 3. ディスレクシアの認知的原因は何か 4. ディスレクシアの遺伝子と環境、社会階層の影響 5. ディスレクシアの脳 6. ディスレクシアには何が効くか 7. 三つのC:注意書きと併発と代償

ディスレクシア研究の現状のまとめというところだが、分からないことだらけである。仮説だらけで、色々なモデルも提案されているが、わたしの考えでは、まだ素人が理解するべきというほどの科学的レベルに達していないようだ。もちろん、英語圏の話だから英語に関する話は面白いし、支援の方法などについては学ぶべきことも多い。

わたしが、この類の原因探求にあまり期待しない理由は、ASDと同じことではと思うからだ。この本を読んでいてもそんな印象を受けるが、「ディスレクシアの原因」なんて、「野球が下手な原因」と同じくらいあるように思われる。「どうも遺伝するらしい」とか言ったところで野球の下手さだって遺伝するだろう。言語による違いと言っても、野球とサッカーだって違うし、片方が下手ならたいてい他方も下手だろう。脳画像や環境を調べたところで、同じようなことかと思われる。せめて、数パターンくらいに分類できたら、それぞれのパターンに対する支援とかも考えられると思われるが、まだ道のりは長いようだ。

だからといって、ディスレクシアを一つの集団として教育・福祉・支援の対象にすることが無意味とは思わない。そして、「野球が下手だと障害になってしまう社会」のほうにも目を向ける必要はあるだろう。特にこれからの時代、読み書きが大して重要でなくなる可能性もある。結論としては、この本を読んでも実用性はほぼないが、現状の把握という意味では関係者は読む価値があるのかもしれない。

 出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2019/7/23

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198818304

2026年5月22日金曜日

Vaughan Lowe "International Law: A Very Short Introduction" [国際法:非常に短い入門]

 International Law (Amazon.co.jp)

目次:1. 法の下の国家 2. 国際法はどこから来るのか 3. 国際法を実施すること 4. 外部干渉からの自由 5. 国家の中の主権 6. 国際法が役立つこと 7. 国際法が酷いまたは全く役に立たないこと

かなり読み物として成立しているが、一応これは初学者向けの入門書で、普通に法学部でも最初の段階で使える想定のようだ。特に最初のほうは、どうも書き方に随筆感が強いようで、実は標準的な教科書として成り立っている。

国際法は法律の中でも考え方が独特で、そのあたりからしっかり始められている。国際慣習法から始まり、条約とか国際機関とかいうような成文になっている部分に進んでいく。自動的に歴史を振り返ることにもなる。文に彩があるのは別として、論旨は非常にわかりやすい。

一つ日本人として気になることがあるとすれば、国際法の初学者を対象にしているのは間違いないが、それにしても当然、多少国内法は学んだことがあるのが前提になっている。で、イギリスの本なので、その国内法というのが基本的にイギリス法だ。法律を学んだことのある人なら知っているはずだが、英米法と大陸法は体系が違う。彼らにとって、慣習法というか判例法の海の中に一部成文法がある事態は、特に抵抗なく学べる。あと、多分この本が出た当時はまだイギリスはEUだった。

最近は国際法と言うと、まずベネズエラの大統領誘拐、次いでイラン戦争でやたら聞くが、わたしとしては割と違和感のあるところだ。トランプが正義を念頭に行動していないのは明らかだとしても、では革命防衛隊がトランプよりマシと言えるのか。ベネズエラの国家主権とベネズエラ国民の人権とどっちが大切なのか。本書にもあるが、コソボで民族浄化が行われていた時に、外国がセルビア国内の問題に介入する国際法上の根拠なんかほとんどなかった。だからと言って、NATOは軍事介入しないほど非情な団体でもなく、その後、こういう場合の介入を正当化する根拠が整備されたようなことだ。

こういうところも、英米法と大陸法の考え方の違いがある気はする。わたしの感覚では、法的根拠があろうとなかろうと、殺人は阻止するべきだし、阻止を禁止するような法があれば、法のほうを整備するべきだ。どんな法体系でも、他者からの侵害を黙って甘受せよなどという義務を課す法はない。そんな法があれば法のほうが間違っている…。

などといろいろなことを読みながら考える。一つ日本では大きな話題になるのに、この本ではほぼ触れられなかったこととして、子供の親権の問題がある。日本で同じような本を書くと、かなり重大なトピックのはずだ。いわゆる国際私法みたいな分野は、話がテクニカルすぎるせいか手薄ではある。基本的には戦争を含む国家主権、さらに最近国際問題化されるようになった人権を巡る話が主だ。総合的に見れば、読んで良い本であった。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2016/2/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0199239337

2026年5月21日木曜日

Rob Boddice "Pain: A Very Short Introduction" [痛み:非常に短い入門]

Pain (Amazon.co.jp)

目次:1. 痛みの概念 2. 痛みと敬虔さ 3. 痛みと機械 4. 痛みと文明 5. 同情と思いやりと共感 6. 喜びとしての痛み 7. 現代医学と科学の中の痛み 8. 慢性的な痛み 9. 痛みの分化

麻酔については、かなり前に読んだAiden O'donnell "Anaesthesia: A Very Short Introduction"のほうが遥かに詳細である。本書"Pain"については、著者は歴史学者らしく、医学的記述や哲学的考察はほとんどない。西欧における痛みの文化誌というところ。だいたい想像がつくが、古代ギリシアとか、キリスト教とか、文化的社会的偏見とか…。まあ、痛みというものに対して抱いている観念を相対化するのには役立つのかもしれない。個人的にはあまりこの類の博物誌に感心しないのだが、時々面白い話もある。

特にわたしが注目する点としては、この本は一貫して心の痛みと体の痛みという二分法を拒否している。もう少し詳しく書いてほしいところだったが、単なる痛覚と簡単に言うが、想像以上に上位精神とか文化との相互作用があるらしい。一体、痛みとは、脳へのインプットなのか、脳からのアウトプットなのか。最近、アメリカでプラセボの鎮痛効果が向上しているが、プラセボに勝たないと新しい鎮痛薬は出せない。このため新しい鎮痛薬はほとんど市場に出てこない云々。こういう面白そうな論点はところどころあるのだが、全く表面的にしか記述されないのが残念だ。

しかし、こういうところが気になるのはわたしの趣味であって、社会史とか文化誌に興味の中心のある人たちはまた興味の中心が違うんだろう。ここまで色々な本を読んできて、そういうこともようやく分かってきた。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2017/10/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198738565

2026年5月20日水曜日

Michael D. Gordin "Pseudoscience: A Very Short Introductions" [疑似科学:非常に短い入門]

 Pseudoscience (Amaozon.co.jp)

目次:1. 境界問題 2. 痕跡科学 3. 超政治的科学 4. 「確立された」科学と戦うこと 5. 物質を超える精神 6. 論争は避けられない 7. ロシア問題

まず科学と疑似科学の識別が問題になるが、最初にポパーの反証主義がいとも容易く反駁されて、以後、特に識別基準は探求されない。関心はどちらかというと社会学的なほうに向かっていく。しかし、結局、著者の立場はあまりはっきりしない。確かに疑似科学と言っても、単なる詐欺と単なる間違い、廃棄された説への固執などいろいろあるが、科学・疑似科学の境界問題については、曖昧なまま終わる。

本書のポイントはそういうことよりも、要はいろいろ展示される歴史的な個別例が面白いということだろう。わたしも疑似科学は好きだし、このブログでも疑似科学に分類されるような本をかなり紹介している気がする。歴史を振り返って改めて雑誌「ムー」などを読むと理解が深まるかもしれない。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2023/4/27

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0190944421

2026年5月5日火曜日

Jennifer M. Gidley "The Future: A Very Short Introduction" [未来:非常に短い入門]

 The Future (Amazon.co.jp)

目次:1. 未来の3000年 2. 増える未来 3. 未来研究学界の進化 4. 水晶玉と空飛ぶ車とロボット 5. 技術世界か人間中心の未来か 6. 大規模な地球の未来の課題

半分くらいは未来学の歴史というか、昔の人の考えた未来みたいなことと、その考察。残り半分は現在の未来学の中身という感じ。この分野について詳しくないが、多分、この分野については標準的な教科書みたいに扱えるぽい。

未来学というのは特に今時の日本で流行らない。時々SF作家の集会とか賢人会議的なもので断片的にニュースがあるようなくらいで、それ以上詳しく見る機会がない。そもそも喫緊の課題がいくらでもあるし、結局目の前にあることしかできないし、結局予測は外れる。時々こういう超長期展望を話す人がいても、結局ふわふわした話しか出てこないのはこの本も同じだ。未来と言っても色んな分野があるが、各個別分野についてはあまり具体性がないというか、そもそも専門知識も薄いんだろう。想像とかフィクションが好きな人は楽しいかもしれないが、具体的な話が好きならビジネス書のコーナーに行ったほうがいいかもしれない。

まあそれでも、未来に人が何を投影しているのかとか、そこから何が読めるかという話なら色々ありそうだが、その方面も薄い。わたしの趣味からすると漠然過ぎる話だった。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2017/6/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198735281

2026年5月4日月曜日

Richard Whatmore "The History of Political Thought: A Very Short Introduction" [政治思想の歴史:非常に短い入門]

The History of Political Thought (Amazon.co.jp)

目次:1. 歴史と政治 2. 定義と正当化 3. 政治思想の歴史とマルクス主義 4. 政治哲学者と政治思想の歴史 5. ケンブリッジ学派 6. コゼレックと概念史 7. ミシェル・フーコーと統治性 8. グローバル性と道徳と未来

あまり標準的とは言えないが、著者の視点からの政治思想史。高校の社会科で習うような社会思想史や倫理学を想定するべきではない。普通なら出てくる名前の多くが全然出てこない。ただ、厚めに扱っている思想家、たとえばマルクスやロールズ、コゼレックやフーコーなどについては、まあそういうまとめ方もあるのか、と思うくらい。わたしもそこまでこの分野に詳しくないので何とも言えないが、入門書とは言えないかもしれない。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2022/2/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198853725

Katherine Hawley "Trust: A Very Short Introduction" [信頼:非常に短い入門]

Trust (Amazon.co.jp)

 目次:導入:朝食の席での信頼と不信 1. 信頼と不信とは何か 2. 信頼と信頼性がなぜ問題になるのか 3. 信頼と協力の進化 4. 金を持って逃げる 5. 正直と不正直 6. 知識と専門性 7. インターネットでの信頼 8. 機関と陰謀と国 結語:信頼に値することの重要性

かなりの部分が"trust"という言葉の日常的な使用法に関する記述で、また一般向け英米哲学書のこのパターンか、と思う部分もあるが、この本については少し事情が違うところがある。というのは"trust"が実際に重要な局面が日常にあふれているからだ。

例えば、「囚人のジレンマ」的な実験経済学の話などはどうでもいいと思うが、現実に信頼がないと商取引が成立しない。信頼される人でないと出世しない。この本で論じられているだけでも、SNSで知り合っただけの人をどうやって信頼するか。どうやって信頼できる医者や弁護士などを選ぶのか。科学と疑似科学をどうやって見分けるか。Wikipediaは信頼できるのか。他国が侵攻して来ないと信頼できるか。等々。

それぞれの話は別に面白くないが、著者が有名になったのは、trustをcommitmentに還元したせいらしい。わたしの理解では「相手の善意に身を任せるということではなく、相手が社会規範に従っていると判定すること」らしい。いつも通りcommitmentと言う言葉が日本語に訳しにくいが、要は「責任を問われる立場に自分を置くこと」なんだろう。この説では、信頼は、一対一の関係ではなく、広範な社会規範が前提になる。

もちろん、この説では、幼児が母親を信頼しているわけでないことになるが、わたしとしては、そんな言葉の定義をいじっても面白い話は出てこないと思っている。そもそも"trust"を「信頼」ではなく「信用」と翻訳すれば、「信じて用いる」のだから、話はもっと分かりやすい。乱暴に言えば、西洋と東洋の違いかもしれない。そもそも絶対的に孤独な自我から出発して他我とか神とかをどうやって信頼するかなどという問題の立て方が…。

というような話ならもっと面白いと思うが、そういうのはフランス哲学のやることであって、英米哲学ではない。一種の自己啓発書と思えば、面白いと感じる部分もあるだろう。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2012/9/8

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0199697342

2026年5月1日金曜日

Jack A. Goldstone "Revolutions: A Very Short Introduction" [革命:非常に短い入門]

Revolutions (Amazon.co.jp)

目次:1. 革命とは何か 2. 何が革命を引き起こすのか 3. 革命の過程と指導者と結果 4. 古代世界の革命 5. ルネサンスと宗教改革の革命 6. 立憲革命:アメリカとフランスと欧州(1830と1848)と明治日本 7. 共産主義革命:ロシアと中国とキューバ 8. 独裁者に対する革命:メキシコとニカラグアとイラン 9. カラー革命:フィリピンと東欧とソ連とウクライナ 10. 2011年アラブ革命:チュニジアとエジプトとシリアとイエメン 11. 最近と未来の革命

最初に革命にありがちなパターンが述べられているが、本書の本体は世界史の教科書から革命の部分を抜き出したような話。いろいろな革命がコンパクトに叙述されている。VSIの一つのパターンで、こういうのでわたしの世界史の知識が堆積していったところがある。特に斬新な話はないが、世界史の復習をしたい人、または何らかの理由で革命自体に興味がある人が読む本という感じ。日本で言えば歴史の好きな高校生くらいかもしれない。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2023/12/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0197666302

Thomas Dixon "The History of Emotions: A Very Short Introduction" [感情の歴史:非常に短い入門]

The History of Emotions (Amazon.co.jp)

1. 過去の鼓動 2. 悲しみの地図 3. 情念から絵文字へ 4. 恐怖と幸福の追求 5. すべての激昂 6. 愛を求めて

読書人のための読み物という感じだが、まずこの本を貫いているのは「過去の人や異文化の人に現代人の感情を当てはめていいとは思えない」という考えだ。かなり最近になってから流行りだした考え方で、感情が社会的構築物、教育によってインストールされるものという話の流れだ。

で、色々な最近の理論や、著者の専門である西洋の歴史からの様々なエピソードが紹介されたりする感じ。一つ一つの論評は面白いのだが、どうもわたしに刺さらないというのは、一つには結局のところ昔の人の感情を追体験するのが不可能でよくわからないからだろう。ので、個別例が積み上げられてもどうも「読み物」という感想にしかならない。あまり詳しくない人には、「この状況で持つべき感情はこう」みたいな固定観念が相対化されるかもしれない。

感情をいくつかの「基本感情」みたいなものとその混合として判別しようとする試みもあるが、多分、ホルモン的なレベルでも成功していない。極端な行動主義は研究放棄に過ぎない。ただ今のところ間違いないのは、感情が社会的構築物で、それが生理までかなり支配してしまうということくらいだろう。

個人的に、特にマンガ「キングダム」を読んでいてうんざりしたのは、現代日本の正社員みたいな価値観や思考を紀元前の中国人に投影し過ぎというだけでなく、「昔の中国人がその状況でその感情を持っただろうか」という疑問がありすぎて、あまり読む気がなくなった。

あと、わたしは感情がない人間みたいに思われがちだが、実際には感情がないわけでなく、ただ現代の常識的な日本人が想定する感情体系とかなりずれているんだろうなという気は常にしている。いろいろ思うことがあるが、この分野の進展待ちという感じ。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr1

発売日 ‏ : ‎ 2023/8/25

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198818298

2026年4月30日木曜日

Martin Hewitt "The Victorians: A Very Short Introduction" [ヴィクトリア朝人:非常に短い入門]

The Victorians (Amazon.co.jp)

目次:1. 一般化の課題 2. ヴィクトリア朝人とともに生きる 3. 時代としてのヴィクトリア朝 4. ヴィクトリアニズム 5. ヴィクトリア朝の状況 6. 有名なヴィクトリア朝人とそれほど有名でないヴィクトリア朝人 7. ヴィクトリア朝の世界

この本を読もうと思うためには、まずヴィクトリア朝(1837〜1901)という言葉に反応する必要があるが、そういう人は案外多いような気もする。これは大英帝国の最盛期と言っていいんだろう。長さが全然違うが、日本なら大正時代(1912年〜1926)に妙なロマンがあるのに感覚が近い。ヴィクトリア朝英国という言葉から何を思い浮かべるかは人によって違うと思うが、わたしなら、まず「ジョジョの奇妙な冒険」第一部とSherlock Holmesに描かれる世界であり、William Morrisのデザインだ。人によってはDickensとかAlice in WonderlandとかOscar WildeとかDr. Jeykill and Mr. Hydeとか、挙げ始めたらきりがない。

なので、ヴィクトリア朝という言葉に反応しなくても、ヴィクトリア朝の有名人を列挙された時にイメージが湧くことは十分に考えられる。例えば物理学なら、ファラデーとかマクスウェルとかケルヴィンとか言われると、途端に何か見えてこないだろうか。児童文学でも黄金時代なので、好きな人は無意識にヴィクトリア朝の価値観に染まっている可能性がある。等々。

といっても、別にこの本は個別の人物にフォーカスはない。そういう人々が生きていた時代の文化社会風潮をわりと漠然と描いているようなことだ。吸血鬼とか切り裂きジャックの世界観を理解するためには良い本かもしれない。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2023/11/24

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198736813

2026年4月29日水曜日

Antoinette Burton "Gender History: A Very Short Introduction" [ジェンダー史:非常に短い入門]

Gender History (Amazon.co.jp)

ジェンダー史というよりジェンダー史史というべき。VSIはたいてい序盤にその学術分野の歴史が振り返られるが、この本については最後までその調子で、ジェンダー史の具体例は薄い。

それも分からなくはないというのは、最近、そもそも歴史というジャンルが何なのかと思うからだ。わたしの考える大雑把な世界観では、まず事実、次にそれを反映した史料があり、歴史家はその上で真相を暴いていくのか物語を作っていくのか。どちらにしろ、「単に面白い」ということもあると思うが、「現在の政治に影響を与えよう」という意図もありえるところだ。

で、ジェンダー史という分野が後者に傾きがちなのは別にいいとして、この本の主題はそれそのものというより、「ジェンダー史という分野の存立自体についての政治学」みたいなことになる。それも主に一般社会・政治からの賛否というより、学者同士の抗争みたいな歴史で、かなりこの分野にコミットしている人にしか価値の分かりにくい本である。

たとえば女性史がジェンダー史に進化したとかいう単調な世界観をこの本は拒否するが、しかし他の人種やマイノリティ問題とかと統合されたり離反したり、複雑なことだ。結局のところ、歴史自体が歴史的産物であり、当時と違う価値観で過去を眺めれば、どんどん歴史も変わっていくのだろう。変わった結果の歴史について書いた本ではなく、その変化の試みの歴史という。どのみちマニアックな本であった。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2024/7/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0197587010

2026年4月28日火曜日

Dane Kennedy "Decolonization: A Very Short Introduction" [脱植民地化:非常に短い入門]

Decolonization (Amazon.co.jp)

目次: 1. 脱植民地化の波 2. 世界の戦争の植民地への帰結 3. 無秩序化する世界と再秩序化 4. 民族国家の問題 5. 帝国の継続性と忘却の政治学

ほぼ全世界を取り扱っており、世界史の復習という感じ。戦争ばかりなのでうんざりするが、特に変なことは書いていないと思う。わたしは学校で真面目に世界史の勉強をしていないので、こういう本の積み重ねで世界史の知識が構成されている。

普通、脱植民地化というと、第二次大戦後の世界各地のドタバタを言い、この本でもその部分は大きな面積を占めるが、それがすべてではない。この本の構成としては、第一波:アメリカ・ハイチの独立から始まる南北アメリカの独立。第二波:第一次世界大戦後の中東欧。第三波:第二次大戦後。第四波:ソ連邦崩壊ということになっている。

日本も植民地を持っていた側なので、日本の記述も相当あるが、世界レベルで見れば小さい。むしろ欧米列強が東アジアに持っていた植民地をぶち壊してしまったニュアンスが強いのは、そもそもこの本がイギリスの本なので当然ではある。特に斬新な洞察などがあるわけではないが、イギリス的には、イギリスの植民地からの撤退がそんなスムーズでなかった、というのが一つの論点らしい。こういう本は、そもそも「怒りたい人」が読みがちだが、普通に世界史の復習として有効だ。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2016/5/2

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0199340491

Bence Nanay "Aesthetics: A Very Short Introduction" [美学:非常に短い入門]

 Aesthetics (Amazon.co.jp)

目次:1. 美術館で迷子 2. セックスとドラッグとロックンロール 3. 経験と注意 4. 美学と自己 5. 美学と他者 6. 美学と生活 7. 世界の美学

VSIにありがちな大学で教えるような美学の概説ではなく、著者が自分の穏当な考えを書いたようなエッセイという感じを受けた。この類の本は、中心的な主張というよりは、例示される個別のエビソードのほうが面白いのが通例だ。例えば著者は一時期映画評論家だったらしいが、要はあれこれ批評文を書く前提で映画を見ると楽しくないとかで辞めたとか、まあありそうな話だ。美術館にデートに行って雑談のネタになるというくらいの話。

というようなことだが、そもそも「美とは」みたいなことについて、それほどハードな議論はされていない。もしそんなことをしていたら、英米哲学にありがちな「常識の擁護」みたいなつまらない話になるだろう。といっても大陸哲学みたいに「美は無関心でなければならない」みたいな定義にも踏み込まない。権威主義に対する警戒(成功しているかどうかはともかく)はこのジャンルの定例だ。生物学に還元する話もない。強いて言えば社会学や心理学が強い感じはあるが、そもそも何かに還元しようとする気も薄いようだ。そうするとやはり雑談エッセイ…。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2020/1/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198826613

2026年4月8日水曜日

A. W. Moore "Gödel's Theorem: A Very Short Introduction" [ゲーデルの定理:非常に短い入門]

Gödel's Theorem (Amazon.co.jp)

目次:1. ゲーデルの定理とは何か 2. 公理化:その魅力と要求 3. 歴史的背景 4. ゲーデルの定理に関わる主要概念 5. ゲーデルの定理の対角線証明 6. ゲーデルの定理の第二の証明とゲーデルの第二定理 7. ヒルベルトプログラムと人間の知性とコンピュータ 8. 数学において、そして数学を理解すること 付録:ゲーデルの定理の証明の概略

本書はゲーデルの定理の紹介ではあるが、本文で実際に定理を証明しており、完全に数学書と言ってよい。VSIには数学のカテゴリに属するタイトルがいくつかあるが、たいていは数学の特定分野の概略を説明しているだけだ。その中で本書は異色と言える。

そもそも数学の定理の証明は、専門の数学者でも、自分の専門分野でなければ概略を知っている程度で、最初から最後まで隙間なく追っているわけではない。だから、本書でゲーデルの定理が証明されていると言っても精粗の程度がある。しかし、この本の内容を完全に理解していれば数学科の学生だとしても「よく勉強しているね」と言ってもらえるレベルだ。必要となる基礎知識は高校生程度で十分とされている。日本なら中学生程度かもしれない。もしも本当に隙間なく定理の証明を書いた本があったら、相当分厚い本になるだろう。

一応、本書に即して雑に内容を言ってみる。それこそ数学の人に怒られそうだが、本書が出発点として示している表現と大差ないはずだ。

極めて雑に言えば:

・ゲーデルの定理は「真実の文をすべて証明でき、しかもウソの文は証明できないようなまともな自然数公理系は存在しえない」と言っている。

・ゲーデルの第二定理は「真実の文しか証明できないまともな自然数公理系は、自分が無矛盾であることを証明できない」と言っている。

その証明を雑に言えば:

・前者については、まともな公理系の言語なら『この文は証明できない』と書くことができる。この文が証明できるなら、公理系はウソを証明できることになる。この文を証明できなければ、公理系は真実の文を証明できないことになる。Q. E. D.

・後者については、さっきの証明により、まともな無矛盾な公理系なら文『この文は証明できない』は真である。しかし、無矛盾であることが証明できるなら文『この文は証明できない』が証明できることになってしまい、矛盾が発生する。Q. E. D. 

注意深い人なら、以上の説明でも、真という概念と証明可能という概念が混乱しているのに気が付くだろうし、公理系の内部の話と、公理系を外から見ている視点が妙に連続しているのにもひっかかるだろう。だいたい、どうやってそんな自己言及文が算術的に構成されるのか。そういうのを一つずつ詳細化していくのが本書の本体だ。

その自己言及の重要箇所だが、ゲーデル数を確立するのはいいとして(本当はそんなに自明でもないが…)、本書の証明は標準的な証明と異なり、対角線論法が中心になっている。ここでわたしは相当引っかかったが、本書では結局、理論が"sufficiently strong"という以上の説明はなされない。引っかかった部分は別途調べて一応納得したようなことだが、人によっては別の場所に引っかかるかもしれない。しかし、数学書を読むというのはそういうことなんだろう。最初にも言ったが、数学者でも自分の専門でもなければ隙間なく精密に証明を確認しているわけではない。つまり、こんな読み方になっている時点で、この本は数学書なんだろう。

本書の本体についてはそんなことだが、他にも歴史的背景や哲学的な考察も含まれている。ただ、個人的にあまり興味がないというのもあるし、本書でも述べられているが、定理自体をしっかり数学的に理解すれば、ひと昔前のPop mathみたいな煽情的な騒ぎ方もする必要がないはずだ。この本については、そういう方向でゲーデルの定理に興味を持っているかどうかとは無関係に、まず数学的に何が行われているのかを知りたい人向けと言えるだろう。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ (‎2023/2/23)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0192847850

2026年3月28日土曜日

Les 500 exercices de grammaire-A1(avec corrigés)

LES 500 EXERCICES DE GRAMMAIRE-A1 (Amazon.co.jp)

わたしは相当昔にDELF B1に受かっているし、フランス語の論文も読むが、こういう外国語は時々文法を復習する必要がある。さすがに今更A1はほぼ機械的にできたが、それでも油断すると間違えるし、多分三か月くらいかかった。本当に500問しかないとは信じられない。

この問題集、本当にA1水準の人には多分難しい。まず語彙で引っかかるだろう。復習用と思ったほうが良さそうだ。文法の説明も簡単ながら一応ある。この類のフランス書籍には珍しく、解答が別冊でなく、後についている。しかし、ちょくちょくÀ vous!みたいなオープンエンドな問題もあり、一応クラスでの使用も考えられているらしい。やるなら、AIにでも添削させればいいだろう。これだけの問題量があれば、たいていの人は満足するだろう。文法をしっかり復習したい人には強く推奨できる。

やってて思ったが、何語でもB1までは文法の習得が最重要である。で、こんな文法練習をひたすら繰り返すわけだが、要は記号操作の反復練習であり、言語習得というよりは、数学の勉強をしている気になってくる。つまり、「この文を書き換えよ」という問題と、数学の「次の式を変形せよ」という問題が等価であって、意味も考えずに機械的に処理してしまう。そして時々意味が文法に影響するところで間違える…。

筋トレにたとえるなら、胸筋をターゲットにした運動を肩の力でやってしまうようなもので、本当は良くないんだろう。ただ、何にしろこの作業が必要なのも事実だ。何語でもそうだが、ペラペラしゃべっているようで、実は文法がいつまでも間違っている人はいっぱいいる。それでも通じてしまっているからそれ以上伸びない。言語は「これでいい」と思ったところで成長が止まる。外国語でなくても、たいていの日本人は就職した時点で日本語力の成長が止まる。別にそれでいいようなものだが、わたしとしては常に学習者でいたい。

Hachette Français Langue Etrangère (‎24 Aug. 2005)

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-2011554321