2017年1月24日火曜日

Stéphane Escafre " 1064 exercices pour bien débuter aux échecs" [チェスを始めるための1064問]

目次:1.ゲームの規則 2.チェックメイト 3.チェックメイトの方式 4.戦術兵器 5.序盤 6.終盤 7.チェックメイトの攻撃 8.訓練 9.チャンピオンのように指してください 10. 面白い九つの練習

チェスの最善の入門書は"Bobby Fischer teaches chess"だし、ルールを知らない人がこの本から始めるのはあまりお勧めしないが、二冊目くらいにちょうどいいかもしれない。最初の内はルールを説明しているが、最終的には3手メイトとかが普通になってくる。人によってはチェス盤を用意する必要が出てくるかもしれないが、わたしは全部頭の中で解けた。いくつか誤りもあったが、致命的ではない。それよりも印刷の見易さが勝っている。フランス語だが、仮にフランス語が全く読めない人が読んでも、棋譜さえ読めば、たいてい理解できそうだ。

わたしの理解では、チェスにはstructure[戦型]とcombination[読み]の二つの面があるが、この本は大半が後者の面に関するもので、これもFischer本と共通だ。そもそもどんな攻撃やチェックメイトがあるのか分からなければ危険な形も強い形も分からないし、妥当なところだろう。この点、日本語のチェスの本はやたらマニアックなオープニングの研究書ばかりのイメージがあり、強くなりたければ、あるいは楽しみたければ、洋書を読むのは避けられないだろう。日本で一向にチェスが普及しない原因はもちろんあれこれあるわけだが、一つには、こういう優れた書籍が全く翻訳されないことにある。幸いにして日本では、チェスはムダにお洒落なイメージを持たれており、潜在的な需要は大きい。この本はフランスチェス連盟推薦書であり、幾つかの誤りを訂正しつつ翻訳すれば、チェスを指さない人でも将棋ファンには受けるだろうし、学校などを考えれば短期に一万部は行くだろうし、長く売れると思うんだがなあ。本当に、翻訳したい本の一つだ。

Le meilleur livre, pour lire après le Bobby Fischer.

Olibris (2001/1/5)
言語: フランス語
ISBN-13: 978-2916340500

Bobby Fischer, Stuart Margulies, Donn Mosenfelder "Bobby Fischer Teaches Chess" [ボビー・フィッシャーがチェスを教える]

この重要な本を紹介していなかった。説明不要でチェスの最善の入門書であり、これはわたしの個人的な意見ではなく、チェス界の総意に近いだろう。これ以上説明が必要とは思えない。

THE best introductory chess book. A must read for beginners. Period.

Ishi Press (2010/2/4)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0923891602

2017年1月16日月曜日

Arvind Narayanan, Joseph Bonneau, Edward Felten, Andrew Miller, Steven Goldfeder "Bitcoin and Cryptocurrency Technologies: A Comprehensive Introduction" [ビットコインと暗号通貨技術:包括的入門]

目次:1. 暗号理論と暗号通貨の入門 2.ビットコインはどのように脱中央化を達成するか 3.ビットコインの機構 4.どのようにビットコインを保管し使うか 5.ビットコインの採掘 6.ビットコインと匿名性 7.コミュニティと政策と規制 8.代替採掘パズル 9.プラットフォームとしてのビットコイン 10.アルトコインと暗号通貨の生態系 11.脱中央化された機関‐ビットコインの未来? 結論

全くタイトル通りの本でビットコインをブロックチェーンのアルゴリズム水準から社会的な問題に至るまで包括的に解説している。ビジネスマン向けのビットコインの入門書はコアになる技術について曖昧で意味が分からないし、かといって、いきなり実際のマイニングのコードを解説されても意図が分からないというようなことがある。この本はちょうど良く、かつ包括的だ。

というわけなので、コンピュータサイエンスの素養のないただのビジネスマンには、おそらくほとんど読めないのではないかと思う。基礎的なことから解説してあるとはいえ、公開鍵暗号やハッシュ関数に馴染みのない人には、かなり読みにくいと思う。通常の電子署名を理解している人なら、恐らく問題ない。わたしとしては、特に前半はまだるっこしい所もあったが、それだけ良心的に書いてあるということだろう。日本語訳「仮想通貨の教科書」という、これもまた適切なタイトルの訳書も出ているし、ある程度の基礎知識のある人には理想的な教科書だ。もちろん、これ一冊では細部まで届かないが、参考文献もしっかり指示されているから、いくらでも深められる。

それはそれとして、この本でビットコインを学んだわたしの感想としては、とりあえずビットコインを買う気にはなれない…。ビットコインはいわゆるサイバーパンクから生まれており、非常にアナーキーな思想から出発している。この本はバランスを取るために、実世界の権力(=国家権力)の介入もある程度考察しているが、それでもまだ国家権力を過小評価しているような気がする。現時点では、ビットコインは伝統通貨と交換可能だから価値を持っているようなもので、仮に交換が禁止された時に、伝統通貨のほうが見放される事態になることは考えにくい。詳しくはこの本で学べば分かるが、現行のビットコインには、決済速度の他にも、内部的な制約もかなりあり、冷静に判断するためには、ある程度技術的な詳細も学んでおくべきだろう。

ただ、現実的な話はともかく、暗号通貨を作るという実験は、それ自体面白いのは確かだ。わたしとしては、金に物を言わせて強力なハッシュパワーを保持している匿名のマイニングプールを信用するより、ともかくも民主的に現実世界の暴力を独占している国家を信用したほうが、(現状では)マシな気がするが、もちろん、暗号コミュニティは単に現状を追認するのではなく理想を追求しているのであり、それはそれで敬意を払いたい。わたしも本質的には自由と匿名の価値を重んじるほうだ。色々考える事はあるが、その出発点として素晴らしい本だった。

This book does what the title says. It was a great experience.