2017年4月29日土曜日

Jim Bennett "Navigation: A Very Short Introduction" [航海術:非常に短い入門]

目次:1.初期の航海文化 2.中世とルネサンスの学習と実践 3.数学的科学 4.推測航法と経度と時間 5.数学的船員の全盛期 6.電子の時代

この本の言う"navigation"とは、人間が海上で自船の位置と方向を知る技術のことに限定されている。その古代から現代にいたる発展史の概説。まずは天文航法・地文航法から始まり、平面航法からメルカトル航法や中緯度航法の説明もあり、最後は電波航法に至る。器具にもかなり重点があり、磁石の発見から六分儀やクロノメーターやジャイロコンパスやロラン局の説明などもあり。あまり類書を知らないので面白かった。

ただこの本、ちょっと素人には難しいかもしれない。基本的には歴史を語る本なのだが、テーマが航法だから、最低限の数学・科学の記述は避けられない。そして、VSIの通弊で図解が少ない。船の免許を持っているとか海技士であるとかなら問題ないかもしれないが、そうでなくても、あらかじめ簡単にでも現代の航海術の知識はあったほうが良いだろう。

わたしはというと、昔、少し海上交通を調べてたことがあり、天文も好きだし、測量も電波も国家資格を持っている。この際なので、航海学の本や海技士のテキストなども見ながら、この本を読んでいたが、なかなか楽しかった。こういうのはマニアックかもしれないが、たとえば「ワンピース」みたいな海洋冒険マンガで航海術が適当にしか描かれていないのは残念なことだ。こういう本を通して、空以外に何の目印もない海上で船を定位することがどれだけ大変かが知られればいいが、ちょっと難しいのかもしれない。

A good historical overview, though maybe a bit difficult if you are not familiar with modern navigation techniques.

Oxford Univ Pr (2017/05)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0198733713

Josh Robertson "50 Years of the Playboy Bunny" [プレイボーイバニーの50年]

プレイボーイクラブとバニーガールの興亡史。半分はバニーガールの写真。ヌードもあるが、アメリカの60-70年代のノリなので、今見ると別にいやらしくもない。というか、多くの読者はバニーガールを見たいのであり、ヌードなんかに使うページはムダというのが一般的な意見のようだ。ともあれ、写真に関してはこれ以上本物のバニーガールを見れる資料は他に知らない。

バニーガールは元々プレイボーイクラブのウェイトレスとして考案されたもので、基本的には60-70年代の趣味だ。プレイボーイクラブの様子は本書に詳しく記述されているが、多分、今でもあるような「クラブ」と大差ないのかもしれない。紳士の社交場というか、遊び場というか、わたしもそんな場に縁がないので、何とも言えないが。高価だし退廃的だし、楽しむには高い社会性が必要だし、時代の流れとともに衰退したのも良く分かる。

肝心のバニーのほうは、大変厳しい仕事で、体育会系というか軍隊に近い印象を受けた。もちろん、お触り厳禁だし、客とのデートも厳禁だから、その意味では安心なのかもしれないが、姿勢やら動作やらのルールが非常に厳しい。例えばバニーガールは椅子に座ってはいけない(椅子の背にちょっと腰かけるのはいい)。水を飲んでいるところを見られてはいけない。トイレに行くところを見られてはいけない。もちろん容姿の良いのが前提だが、並大抵なことではない。折しも公民権運動やらフェミニズムやらが盛り上がってくる時代で、バニーガールの労働組合ができるに至っては、潮時という感じだ。

わたし自身はプレイボーイという雑誌もほんど読んだこともないし、そこで提案されているライフスタイルも良く知らないし興味もなかったが、こういう文化もあったんだなと思うくらいだ。バニーガールは何となくスタイリッシュな印象があったが、結局、生身の人間なので現場は大変だ。何にしろバニーガールの資料と言えば、真っ先にこの本なので、興味の方向性は人それぞれとしても、特にカジノ法成立に乗じようとする人には読んでおいてほしいものだ。

I do not understand the culture Playboy magazine promotes. Still, I find bunny's costume very stylish and elegant. This book contains many of photos of bunnies and also a great account of Playboy Clubs, which was intersting even to me.

Chronicle Books (2010/10/13)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0811872263

2017年4月25日火曜日

Dava Sobel "Longitude" [経度]

目次:1.仮想の線 2.時間以前の海 3.時計仕掛けの宇宙で漂流 4.瓶の中の時間 5.共感の粉 6.賞 7.歯車作りの日誌 8.バッタが海へ行く 9.天の時計に届く 10.ダイアモンドの測時計 11.火と水の審判 12.二つの肖像画の話 13.ジェームズ・クック船長の二度目の航海 14.天才の大量生産 15.子午線の庭で

John Harrisonという時計技師の伝記。背景を説明すると、18世紀には海上で経度を知ることが非常に難しく(緯度は北極星の高さを測れば済む)、経度を知る方法には懸賞金が掛かっていた。そこで、天体観測に基づく方法と正確な時計を使う方法が争っていた。天体に関しては、月と太陽などの他の天体との角度を測る事になるが、膨大な観測データが必要である。時計に関しては、最初に出発地の時間に合わせておけば、太陽時との差で経度差が分かることになるが、非常に正確な時計が必要である。ハリソンはこの賞金に時計技師として挑戦した。

というわけで、賞金がかかっているから、天文派のほうも必死なので、時計自体よりも、時計が完成した後のムダな政治的な争いが記述の大半を占める。複数の船長が価値を認めているのだから、賞金なんかより現場に売ってしまえばいいような気がするが、基本的には賞金争い(時計が海上でも正確であることを認めるか否か)の話ばかりだ。当時はもちろん機械時計だし、どうも超高級工芸品のような物で、簡単に量産できるような物ではなかったらしい。どうやって量産化したのかは詳しくは分からない。

個人的には近頃航海術に興味があり、その関連で読んだが、この本は政治劇が主で、技術的にはそれほど詳しくない。時計が好きな人にとってはジョン・ハリソンという人物は大きな所なので読む価値があるのかもしれない。結構売れた本らしく、日本語訳もあるようだが、お勧めはしない。

A story or biography of a clockmaker. The main theme is politics around getting the cash prize long after the chronometers had been well produced, not the technology itself.

HarperPerennial (2005/9/5)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0007214228

2017年4月18日火曜日

Alex Reinhart "Statistics Done Wrong: The Woefully Complete Guide" [間違った統計:悲惨なほど完全な案内]

目次:1.統計的有意性入門 2.検定力と検定力の足りない統計 3.疑似反復:データを賢く選べ 4.p値と基準率の誤り 5.有意性の間違った判断 6.データへの二度漬け 7.連続性の誤り 8.モデルの濫用 9.研究者の自由:良い兆候? 10.みんな間違える 11.データを隠すこと 12.何ができるか?

特に医学を中心に統計の誤用・誤解を論う本で、基本的に科学者・学生に向けて書かれている。統計学者の苦言みたいな話は類書も多い所だが、わたしが知る限りでは最善だと思う。分野を問わず、統計を扱う分野なら全大学生が読むべき本だ。ただ、基本的な統計学の知識はあることが前提になっている。ほとんど数学は使われていないが、たとえば、p値がどうやって算出されるかみたいな話は知っていることが前提だ。医学の知識は別に必要ではない。統計に無関係な人はいないと思うし、できれば一般人にも知ってほしいことばかり書いてあるが、ちとハードルが高いかもしれない。しかし、マスコミの統計などを疑うにしても、この程度の知識はあったほうが良い。

個人的には、医学統計という件では、健康食品の類の評価が毎年ひっくり返る件とか、コレステロール論争とかでうんざりしているのもあるが、この本のせいで、ますます信用する気がなくなった。それはそれとしても、統計学というのは非常に面白い分野だ。統計というもの自体が人間の直観に反するものなのだろう。別にこの本に書いてあることで初耳な事は少ないが、題材などは非常に面白い。統計検定1級を取るつもりだが、ますますやる気が湧く。

「ダメな統計学」ということで日本語訳も出ている。amazonの書評で翻訳に文句を言っている人もいるが、パッと見たところ、そこまで問題のある翻訳とも思えない。訳注が付きまくっているようだし、確かにかなりウザい感じはあるが、別に日本語訳でも読んでもいいと思うが…。

A must-read for all college students. There are many books on the same subject, but I guess this one is the best.

No Starch Pr (2015/3/16)
言語: 英語
ISBN-13: 978-1593276201

2017年4月11日火曜日

Martyn Rady "The Habsburg Empire: A Very Short Introduction" [ハプスブルク帝国:非常に短い入門]

目次:1.王朝と帝国;称号と民 2.帝国の視野;11-16世紀 3.それぞれの王のように;16-17世紀 4.信仰のために;17-18世紀 5.啓蒙主義と反動;18-19世紀 6.フランツ・ヨーゼフの時代;19世紀 7.世界大戦と解体;20世紀

ハプスブルク家の通史と言うよりは、ハプスブルク家の当主の歴史≒ほぼヨーロッパ史の叙述になる。ハプスブルク家特有の事情は、例えばやたら顎が出ているとか少しは叙述があるが、あまりない。ハプスブルク家の家庭問題はそのまま世界史ということもあるが、あくまでハプスブルク家から見た帝国≒スペイン・神聖ローマ帝国・オーストリア・ハンガリー・その他多数の通史である。

その限りでは、ほとんどただの世界史の本みたいな感じではあるが、この本がスゴく面白いのは、著者の語り方が素晴らしいのもあるが、わたしがスペインやオーストリアの側から世界史を見ることが少なかったからだろう。著者も言っているが、歴史は勝者によって書かれるし、特に、20世紀の勝者は中央集権・単一民族(nation)・単一言語という体制を早くに作った西欧の国で、ハプスブルクみたいな多民族多宗教多言語の緩やかな連帯ではない。結局、帝国は解体されて20世紀以降、東欧・バルカン半島辺りには酷い政府がいっぱいできたし、今となっては、ハプスブルク家の頃のほうがみんな仲良くしていたし、むしろ時代を先取りしていたのではないかというようなことだ。

というわけで、英仏のような勝者から書かれた歴史を見直すのには素晴らしい本だった。ハプスブルクという名前は、日本でもそこそこ認知されているし、一時期は長崎県の一部(出島のことだろう)も支配していたと言う。ハプスブルク家的に重要でも、帝国の運営に直接関係のないことはあまり触れられない。たとえばマリー・アントワネットは名前すら出てこない。芸術面もあまり細かい叙述はないが、ヴィーンのモーツァルトとかプラハのミュシャとかは帝国の問題として触れられる。欧州の文化芸術を理解する上でもハプスブルク家の理解は必須だから、翻訳すればそこそこ売れると思うがどうか。

全く余談だが、現在、東京の国立新美術館でミュシャ展をやっていて、スラブ叙事詩が来ているらしく、近く見に行こうと思う。本書の記述によると、ナショナリズムが勃興してオーストリア=ハンガリー二重帝国がグダクダになる中、ドイツでもイタリアでもないスラブ民族という世界観を打ち出すために製作されたものらしい。多分、当時はまだチェコ人はスロバキア人とは違うとかいうところまで話が矮小化していないかったのだろう。こういう歴史背景を知っていれば、現代日本でミュシャがラッセンとかヒロヤマガタとかと並んで押し売り商材にされている件についても、独特の感慨が湧いてくるというものだ。

I found that I had been familiar with the European history only through the victors' side, id. nation states such as France and Germany. This book is very instrumental for me to see the world from the middle and the eastern Europe. Storytelling is also very impressive.

Oxford Univ Pr (2017/06)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0198792963

2017年4月3日月曜日

Elizabeth Blackburn, Elissa Epel "The Telomere Effect: A Revolutionary Approach to Living Younger, Healthier, Longer" [テロメア効果:もっと若く健康的に長く生きるための革新的な方法]

目次:1.早く老いる細胞がどのようにあなたを老けて見せ、感じさせ、行動させるか 2.長いテロメアの力 3.テロメラーゼ:テロメアを補充する酵素 4.ほころび:ストレスはどのように細胞に入り込むか 5.自分のテロメアを気にしろ:否定的な考えと弾力的な考え 6.青色が灰色に変わる時:鬱と不安 7.テロメアを鍛える事:どの程度の運動が十分か 8.疲れたテロメア:疲弊から復活へ 9.テロメアは重い:健康な代謝 10.食事とテロメア:細胞の健康に最適な食事 11.テロメアを支援する場所と顔 12.妊娠:細胞の老化は子宮から始まる 13.子どもの頃は一生影響する:幼児期がどのようにテロメアに影響するか

テロメアという言葉がどれくらい一般に知られているか分からないが、要するに生物の老化を決定する細胞内の構造である。若ければ若いほど長く、歳を取ると短くなる。ただ、人によって、つまり、遺伝的・環境的な様々な原因によって、実年齢より長かったり短かったりする。というか、どちらかというとテロメアの長さこそが実年齢というべきで、これと暦年齢との差が本書の主題である。

だいたい二つの部分があり、テロメアとテロメア―ゼ(テロメアを回復させる酵素)についての判明している科学的知見と、テロメアに良い生活習慣などの説明が交互に来る。読者のかなりの部分が、後者にしか興味がないと思われるが、その件に関しては、率直に言って、特に斬新な知見もなく、"LOHAS"の一言で済むようなことだった。つまり、ストレスを管理し、たばこは吸わず、酒を控え、適度に運動し、瞑想をし、有機野菜を食べ、肉食を避け、オメガ3脂肪酸を取り、愛情のある生活をし、質の良い睡眠をとり、近所の人と仲良くし…。要するに世間で言われているようなとても意識の高い生活を推奨しているだけだが、背後にテロメアに関する疫学的な知見と、ノーベル生理学賞という説得材料が後に控えている点がこの本の売りなんだろう。

強いて世間の常識と少しずれていると思われるのは、体重自体をあまり問題にしていない点だ。体重自体より代謝とかダイエットのストレスのほうが問題であるとかいう言い分で、体重増加が代謝に関する重要な情報であることを強く言わない。もう一つ目立ったのは、特に前半でマインドフルネスを非常に重用している点で、これはDepression: A very Short Introduction"でもそうだったが、流行りなんだろう。

個人的には最後のほうのテロメアの遺伝とか胎児期~幼児期のストレスでのテロメアの損傷に関する知見がこの本の最大の収穫で、暗澹たる気持ちになったが、社会運動を別にすれば、個人が自分ではどうしようもないことである。格差社会はテロメアに及んで文字通り遺伝すらしている。世界的に売れている本らしく、日本でも「テロメア・エフェクト」という分かりにくいタイトルで訳されている。意識の高い生活をしたいが意志力が足りない人は、この本を読めば自分を説得する材料が増えるかもしれない。

All doctors recommend almost same style of life and this book is not an exception. In a word, "LOHAS". One outstanding feature of this book is a strong recommendation of "mindfulness" to control stress.

Grand Central Publishing (2017/1/3)
言語: 英語
ISBN-13: 978-1455587971