2010年12月27日月曜日

Brian Daizen Victoria "Zen at War"

日本の仏教教団、特に禅宗の戦争責任を追及する本。

・・・というと狭すぎるけど、その上で、「もともと禅の教義自体に殺人を肯定する要素があるのではないか」という問いが立てられている。まあ昔から武士道とか剣道とかと禅がリンクさせられているし。

この話をどう考えるかは別として、こういう本を外人が書くしかなかったのは、情けない気もする。日本語訳の訳文の評判がよろしくなく、わたしとしても、決して好きなタイプの訳文ではないけど、この本に関しては日本語文からの引用が多く、敢えて英語で読むのはお勧めしない。意味的に特に気になることはなかった。つか、正直なところ、著者の主張より、引用のほうが遥かに重要だし。

高徳の僧侶とされている人が、政治経済社会科学等について、あり得ないほど無知なことを言って、がっかりすることは多い。その最たる分野がこの辺りのところだろう。禅僧が全員剣の達人でないのと同様に、社会的にバカでも仕方がないとは一応言えるが、この本が問うているのはそんなハイレベルなことではなく、仏教と道徳の関係だ。つまり、殺人に反対するのには、仏教の不殺生戒だけで十分だったはずだというようなことで。


2010年12月26日日曜日

Robert J. McMahon "The Cold War" (Oxford Very Short Introductions)

第二次大戦からドイツ再統一に至る冷戦の通史。この本は、VSIの一つでありながら、この分野の定番の概説書となっている。

完全にアメリカ目線で、いわゆる「リアリスト」ということになるだろう。アメリカが如何に対ソ冷戦を戦ったかということを冷徹に描く。欧州以外では熱い戦争も多かったが、原爆やらベトナム戦争やらはアメリカの世界戦略の一環であり、同情的な描写は一切ない。この世界観自体どうかと思うけど、実際、冷戦期のアメリカの思考はこの通りだったんだろう。これが冷戦の全貌だとは思わないが、定番と言われるだけのことはある。

個人的には、歴史関係の本を読んでいて、一番面白いのが冷戦期だ。時代も近いので、あんまり妙なことを言うのも不謹慎かもしれないけど、どうもスリルがあるというか、夢があるというか。

2010年12月24日金曜日

S. V. Gupta "Units of Measurement" (Springer Series in Materials Sciense)

簡単に言うと「単位の百科事典」。もちろん、中心はSI単位系の解説だけど、他の単位系の解説や、条約、関連する科学者の伝記まである。個人的には次元解析みたいな話には興味がある。多分、通読する人は少ない。たとえば、古代インドの単位に興味を持つ人は少ない。筆者がインド人で、多分、インド人向きに書いているからだろうけど。

読み物として考えると、同じテーマの本は日本語でもいくつかあるし、特段この本が優れている気もしない。はっきり言って娯楽性が低く、淡々とした本だ。ただ、この手の参考書誌は、似たような本が沢山重複して、初めて役に立つ。英語であるというのも重要な利点だ。

2010年12月17日金曜日

Toby Segaran, Colin Evans, Jamie Taylor "Programming Semantic Web"

オライリーという出版者とタイトルから想像される通り、セマンティックWebに関する、広範囲に渡る、具体的な概説書。翻訳もよくできているようだ。しかし、わたしはこの件について自分でコードを書く予定は今のところないし、ついでに、セマンティックWebに関してはもともと懐疑的なんで、その点を更に割り引かないといけない。

具体的なコードはPythonで書いてあるんだけど、わたしとしては、Prologのことが思い浮かんで仕方がない。特に日本はそうだけど、アメリカですら、冷戦期の大型計算機の成功体験が忘れられず、いまだに人工知能とかエキスパートシステムとか意思決定支援システムとか、それっぽいことを言えば予算を引っ張れるようなことではないかとかいうのが、わたしの懐疑の原点かもしれない。本書の中で人工知能はわざわざ否定されているけど、つまり、わざわざ断りを入れないといけないような世情なのであろう。実際にやっていることはPrologの頃とあまり変わっていない気がした。わたしの想像力のなさのせいかもしれないが、現に仕事でロクでもない開発例を何件も見ているんだから仕方ない。オントロジーとか言って哲学を引くのが流行りらしいけど、哲学者に失礼だろう。記号論はこんな雑な学問じゃない。

とはいえ、たとえば学術論文誌とか、そういう限られた世界では新展開が今後あるかも知れないという気もするので、一応こういう話は読んでおいて良かった。他にも入門書っぽい本はあるだろうけど、これが一番いいんじゃないかと思う。懐疑派であっても、読んで損したということにはならないと思う。



2010年12月8日水曜日

Rodolfo Saracci "Epidemiology" (Oxford Very Short Introduction)

多分、インフルエンザの流行に乗ろうとしたタイトルだけど、特に個別の疫病について解説するというよりは、一般的な疫学の方法論を解説している。個別の疫病については、方法論の説明の中で、肥満と糖尿病の関係や喫煙と肺癌の関係について解説されるくらい。パンデミックの防止法とかは書いていない。

・・・というと、専門的過ぎて一般に売れないような印象になるけど、疫学ほど統計の解釈に厳密な業界はない。統計的思考を鍛えるには、ある意味では、これは素晴らしい本だ。もちろん、実際には社会統計にも別の種類の難しさがあるけど、「統計的思考」という意味では、共通なことも多い。数理統計学の解説はほとんどないけど、実地での統計の使用に興味のある人には、疫学に興味がなくても面白いんじゃないかと思う。