2026年2月20日金曜日

Temple Grandin "The Autistic Brain" [自閉症の脳を読み解く]

The Austistic Brain (Amazon.co.jp)

自閉症の脳を読み解く(Amazon.co.jp)

ASDに特有の脳の構造や考え方や対処法などを解説した本だが、学術書というよりは啓蒙書というかself-help、特に親向けかもしれない。

あまり詳しくこの本について紹介する気になれないというのは、最近、こういうスタンスの研究に意味がない気がしてきたからだ。一旦この本を離れてわたしの話を聞いてもらいたい。

ある集団があって、その集団の文化では「美しい字を書く」ということが重視されているとする。この集団が字の下手な下位1%くらいを「字下手障害」と名付け、彼らを治療・救済・障害者認定するために、彼らの遺伝子や脳の構造や生育環境などを必死に研究する。この研究は科学的と言えるだろうか?

おそらく彼らに共通の遺伝子や脳構造などは見つからないだろう。字が下手な理由は無数にあるからだ。そこでその集団は、「字下手障害」をさらに細かく観察し、字が下手なのには様々な理由があることを知る。そして「字下手障害」のさらに細かい分類ごとに、共通の遺伝子や脳の構造などを調べる。いくつかそれらしい遺伝子が見つかるが、すべて「その遺伝子があっても字が上手な人もいるよね」くらいの結果にしかならない。共通の対処法については何か出てくるかもしれないが、おそらく、「正常」とされる人にも適用できる話に過ぎない。

ASDも似たような状況かもしれない。ある集団が急に「社会性」という能力を重視する文化を発達させる。この集団が社交性のない下位10%くらいを「ASD」と名付ける。しかし、その「ASD」という集団に共通の遺伝子もなければ脳の構造も母親の振る舞いもその他の特徴もない。

もちろん、個人単位で見て行けば、社会性がない理由として例えば「正常人」と異なる脳の構造や認知力があったりするかもしれない。そのせいで別の才能があったりするかもしれない。しかし、それをASDという単位で研究するのは果たして科学的だろうか。

これは別にASDに限ったことではなく、音痴、運動能力、IQ、ジェンダー、何でもそうだが、結局、社会が「この範囲が正常」と指定した範囲に生物学的根拠はないし、その範囲の外側にいる個体について生物学的・医学的に共通の原因もない。なぜなら「正常」の基準が社会的な決め事に過ぎないからだ。(もちろん、因果関係の明確な病変がある場合もあると思うが)。

以上のようなわけで、「ASDの脳にはこういう特徴がある」「ASDの認知能力にはこういう特徴がある」みたいな本書のような主張を真に受ける気がしない。ASDを自認する著者自身、「ASDの人はみんな視覚型だと思っていたが言語思考の強い人もいることを知った」などと言っている始末だ。本人は自分の脳のMRIなどを見て「だから視覚処理が強いのか」などと思っているらしいが、著者自身に関する研究はそれでいいとしても、ほとんど一般化できないのではないか。

結局、この本を読んで、自分や自分の子供に適用できる教訓を探しても、多分有意義ではない。たまたま著者と似た人には有効かもしれないが、少なくともわたしには意味がない。結局、本書みたいにASDと判定された各個人の生物学的特徴や認知パターンを研究しても、一般人を研究しているのと大差ないだろう。むしろ、ASDの基準を策定したり、それが問題になったりする社会文化のほうを研究するほうが有意義かもしれない。

出版社 ‏ : ‎ Houghton Mifflin Harcourt
発売日 ‏ : ‎ 2013/4/30
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0547636450

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