2023年5月18日木曜日

Heather Andrea Williams "American Slavery: A Very Short Introduction" [アメリカの奴隷制:非常に短い入門]

目次:1. 大西洋奴隷貿易 2.奴隷制の成立 3.奴隷労働 4.支配の困難さ 5.奴隷制を生き延びること 6.奴隷制の解体

テーマがテーマなので書き方がエモくなるのは避けられないが、VSIにありがちな「大学新入生のための研究入門」というよりは、中高生相手くらいの歴史語りに近い。このテーマで研究方法論みたいな話をされてもマニアック過ぎるし、こういうanecdoteの多いノンフィクションのドキュメンタリーみたいなのほうが勉強になる。気持ちが暗くなる話が多いが、基本的にアメリカという国が奴隷労働で作られた国だし、これはアメリカ人に限らず、日本の中高生くらいでも読むべきだろう。こういうのを高校の熱い社会科教師とかが教えると生徒のほうは白けてしまいがちだが…。

焦点は奴隷制の「生きられた経験」みたいなことにあり、奴隷や奴隷使用者の主観的な経験を主軸に描かれている。背景となる社会事情などを詳しく知りたいならこの本ではないが、しかし、こういう語りをすっ飛ばして社会状況なんか研究しても意味がないだろう。ちと短か過ぎるのが残念なくらい。断罪的な記述は避けられないが、日本人に分かりにくいのは、頻繁に言及される奴隷制とキリスト教の関係だろうか。この本だけ読んでいると、最初キリスト教を根拠にして、平気で残虐に奴隷狩りをして強制労働させていた白人が、謎の理由で真のキリスト教の精神に少しずつ目覚めて奴隷制が廃止されたみたいな印象を受けるが、わたしには到底信じられない。

かといって、「南北戦争は土地に縛られた奴隷を必要とする南部と賃金に縛られた奴隷を必要とする北部の対立であった」みたいなシニカルな記述はこの本の趣旨でもないし、白人の間にも良心の葛藤があったのは事実なんだろう。シニカルというか客観的な話が好みならそういう本を読むべきだが、その場合でもこういう本を飛ばしていいとは思わない。わたしの実感として、アメリカに限らず、白人の有色人種差別は想像を絶するほど根深いところがあり、これくらいのことは勉強しておいていいだろう。

あと、この本はリンカーンの奴隷解放宣言で終わっているが、この後も本当に公制度から人種差別がなくなるのはまだ先の話だ。Peanutsくらいでも、黒人の子と白人の子が同じクラスにいるのはおかしいとかで作者のSchultz氏が抗議されたりしている。奴隷解放宣言は1862年だが、公民権法が制定されたのは1964年のことで、その間も法制度上の差別は続いている。色々考えるところはあるが、基礎教養として万民が読むべき本だろう。

A must-read for everyone.

Oxford Univ Pr (2014/11/3)
言語:英語
ISBN-13:978-0199922680

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