Attacking Faulty Reasoning (Amazon.co.jp)
目次:1. 知的行動の規範 2. 議論とは何か 3. 良い議論とは何か 4. 誤謬とは何か 5. 構造規準を犯す誤謬 6. 関連性基準を犯す誤謬 7. 許容性基準を犯す誤謬 8. 十分性規準を犯す誤謬 9. 反論性基準を犯す誤謬 10.論述文を書く
まともな議論をするためのガイドブック。大学の講義の一年分の教科書だろう。定評があるようでわたしが読んだのは第七版だ。グループワークみたいなのも各章ごとについている。最初の方はわりと形式論理学寄りだが、後半はより広く例えば「人格攻撃」とか「ギャンブラーの誤謬」みたいな非学術的な話が増える。誤謬を相手に対して指摘する方法などもわりと記述されており、その意味では論理学の本というよりは実践ガイドである。ディベートなどに有用だが、実際にはこれくらいのことは大学一回生で全員履修したほうがいい。社会科学に比べれば、数学や物理学は極めて原始的な論理しか使わないが、にしても政治経済その他日常生活で論述したくなることもあるだろうし、その時に欠陥だらけの論述をするようでは格好がつかない。実際そんなことも多いし…。
だいたいがわたしは理屈っぽいと言われるほうで、この類の本は昔は大量に読んでいた。色々考えることについては今でもしているが、もう他人の誤りを指摘するような用事からは長らく離れている。結局、人は誤りを指摘されるのを好まない。だったら自分でこの類の本でも勉強して自分で自分の誤りを発見できるようになったほうがいいと思うが。
この本が必修になれば、議論をする時に「それはundistributive middle termだね」などと捗るような気もするが、そんな世の中は来ないし、そうなったところで本当に捗るのかどうか不明だ。この類の本を読む人はそもそも議論の価値を重く見過ぎている気もする。純粋に仮想の話だが、「憲法二十四条が同性婚を認めているとは考えられず、基本的人権に反するのなら憲法のほうが間違っているので憲法を改正するべきである」などと言い始めたとしても、論理的な反論より現実的というか政治的と言うか暴力による反論のほうが大きすぎてほぼ無意味かと思われる。「インフレが厳しいからといって補助金を配っていたらますます円安になってさらにインフレが加速する」などという論理で政治が動くだろうか。しかし、この例については思考に論理的欠陥がないことが個人の利益に直結しかねない。
というわけで、わたしはこの本が想定しているような討論的な意味での論理的議論には悲観的だが、それにしても自分の判断を誤らないためにだけでも、こういう勉強は全員必修だと思っている。分厚いと言う欠点はあるが、さしあたりこの類の本の中では最高峰ではないだろうか。まあ自己啓発書のコーナーには「論理トレーニング」的な薄い本もよくあり、ああいうのでも読まないよりいいと思うが。
Wadsworth Pub Co; 第7版 (2012/1/9)
言語 : 英語
ISBN-13 : 978-1133049982