2012年3月30日金曜日

Daniel Kahneman "Thinking, Fast and Slow"

この本を読むのに時間がかかったのは、分厚いからではなく、面白過ぎるから。一ページ読むたびに色々な考えが湧いてきて、なかなか読み進めなかった。

ダニエル・カーネマンは行動経済学を開拓したというのでノーベル経済学賞を受賞している。しかし、サブプライム騒動以来、「行動経済学」と名のつく下らない本が巷に溢れているし、ノーベル経済学賞という賞は信用がない。従って、こんな本を読む理由もないところだったが、英国放送局の著者インタビューで少し興味を持ったので、開拓者の本を読んで行動経済学は終わりにしようと思っただけ。しかし、衝撃的に面白かった。

まず、著者は経済学者ではなく心理学者であり、この本の主題も経済には限っていない。特に前半は経済とは直接関係のない心理学の話だ。多分、邦訳が出る時には、「ノーベル賞」と「行動経済学」というワードを全面に出して売るんだと思うけど、そんなものに何の興味もない/うんざりしている人でも楽しく読める。わたしは心理学という学問もあまり尊敬していないが、ここ十数年で心理学は長足の進歩を遂げ、バカにできない。

簡単に言うと、この本は、人間の「直観」を疑う本だ。世の中には「直観を信じろ」という方向の自己啓発書的なものが多いが、この本は全く逆の方向の啓発になる。直観には構造的なバイアスがあり、簡単に錯覚する。そして教えられるまで自分が錯覚していることにも気がつかない。一時期、錯視図形のコレクションが流行ったが、この本は、直観の錯覚のコレクションのような趣もある。一々紹介しないけど、最近発見されている錯視図形に勝るとも劣らない、衝撃的な錯覚コレクションだ。

わたしとしては、特に前半部の統計に関する錯覚が興味深い。「統計でウソをつく本」みたいな本はいくらでもあるが、そういう本は、統計に関する教訓を垂れて終わることが多い。しかし、カーネマンは心理学者であり、錯覚の原因を追及する。錯視と同じように、錯覚には構造的な要因があり、どのような状況で、どのように人が錯覚するかは予測できるのだ。そして、錯視と同じように、正解を教えられても、人はなおも錯覚し続ける。ちょうど、「この二本の線は同じ長さだ」と頭では分かっていても、錯視が訂正されないように。そうと分かれば、錯覚を利用することもできる。

後半は経済学の教義に踏み込んでいく。この辺りはいわゆる行動経済学で、聞いたことのあるような話も多いが、それでもなおも面白いのは、さすがは開拓者と言ったところか。そもそもこの著者は話が上手い。対象読者は完全に一般人なので、特に予備知識は必要はない。もちろん、多少の統計学・経済学の基礎知識があれば、尚可だが、言っていることは、高校生くらいでも理解できそうだ。そのうち日本語訳も出ると思う。

The best book on behavioral economics by a Nobel laureate. Many self-help books recommend you to believe your intuition, but this book recommend the contrary. I guess this book is already among bestsellers in English-speaking countries.

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