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2026年4月28日火曜日

Bence Nanay "Aesthetics: A Very Short Introduction" [美学:非常に短い入門]

 Aesthetics (Amazon.co.jp)

目次:1. 美術館で迷子 2. セックスとドラッグとロックンロール 3. 経験と注意 4. 美学と自己 5. 美学と他者 6. 美学と生活 7. 世界の美学

VSIにありがちな大学で教えるような美学の概説ではなく、著者が自分の穏当な考えを書いたようなエッセイという感じを受けた。この類の本は、中心的な主張というよりは、例示される個別のエビソードのほうが面白いのが通例だ。例えば著者は一時期映画評論家だったらしいが、要はあれこれ批評文を書く前提で映画を見ると楽しくないとかで辞めたとか、まあありそうな話だ。美術館にデートに行って雑談のネタになるというくらいの話。

というようなことだが、そもそも「美とは」みたいなことについて、それほどハードな議論はされていない。もしそんなことをしていたら、英米哲学にありがちな「常識の擁護」みたいなつまらない話になるだろう。といっても大陸哲学みたいに「美は無関心でなければならない」みたいな定義にも踏み込まない。権威主義に対する警戒(成功しているかどうかはともかく)はこのジャンルの定例だ。生物学に還元する話もない。強いて言えば社会学や心理学が強い感じはあるが、そもそも何かに還元しようとする気も薄いようだ。そうするとやはり雑談エッセイ…。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2020/1/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198826613

2026年3月9日月曜日

Robert Chapman, Sue Fletcher-watson "Neurodiversity: A Very Short Introduction" [神経多様性:非常に短い入門]

Neurodiversity (Amazon.co.jp)

ニュロダイバージティ(神経多様性・脳の多様性)という社会運動に関する概説。この本は、わたしが生涯に読んだ本の中でも屈指の衝撃だった。正直言うと、ちょっと戦闘的過ぎてついていけないところもあるが、大枠では賛同している。ちょっと真面目に紹介したい。

内容

かなり省略してわたしが最重要と思うことだけ簡単に紹介する。

1: 神経多様性の導入

ASDやADHDなどがそもそも医学的根拠のある「病気」あるいは「障害」なのかが疑われる。そもそも多様な人がいるのが当たり前で、特定の社会状況で「正常」とされる範囲から外れた人間が「障害者」と認定されているだけである。コミュニケーションの仕方が「普通」とされるレンジから外れている人たちをASDとして障害者認定したところで、その「障害者」たちに共通の遺伝子や脳の構造や「病因」は見つからない。これは「標準的な人間」の規格を設定したことによる政治問題であって医学の問題ではない。この点は後でわたしの言葉でわかりやすく説明したい。パラダイム転換が必要である。重要なのは規格化に対抗して多様性を肯定し、政治問題を認識することだ。

2: 民主的な理論と研究としての神経多様性

たとえば、バリアフリーが完全で車椅子でしか移動できない程度では障害認定されない社会は想像できる。障害は個人の医学的問題というより社会の問題であり、障害者は抑圧されたマイノリティである。健康であることと「標準的」であることは関係がない。現在ASDの診断は医者が独占して、ある人が「標準とされる範囲に収まるかどうか」を判定して、収まっていない人を病人または障害者扱いしている。これは民主的な状況とは言えない。

3: 神経多様性パラダイムの適用

学校や職場などでの、わたしから見ると夢のような改革が並べられる。現実になる日が来るとは信じられないが…。ここは何か所か文章を翻訳引用する。
神経多様の人々を排除または害する職業生活の一面として、多くの仕事に付随する社会的期待がある。これはサービス産業で働く人々に必要な感情労働から、休憩室での世間話、仕事終わりの飲み会や同僚の誕生日などを含む。(Applications in the workplace)

自閉症の人は感覚処理の問題からアイコンタクトを避けるが、これが不正直の兆候と誤って解釈されるかもしれない。( Neurodiversity in the criminal justice system)

 性的労働が犯罪とされるべきかは全く明らかではない。それによって性的労働者が犯罪者とされるだけでなく、彼らが労働者の権利にアクセスすることが困難になるためだ。(Neurodiversity in the criminal justice system)

4: 集団的解放としての神経多様性

一般的な人権問題のみならず、世界システムとの関係が問題になる。この類の話で必ず出て来るジェンダー問題をリンクするのは避けられないのだろう。さらに人種問題、脱植民地化、反資本主義…ちょっと戦線を拡大し過ぎではないか。

5: 現在の議論

ここはさらに小見出しを翻訳しておく。「神経多様性と学習障害」「Nerodiversity-lite(表面的な神経多様性運動の模倣)」「神経多様性と反精神医学」「アイデンティティの政治」「自認の出現」「神経多様性に配慮した変化の方法としての共同生産」ここでわたしにとって衝撃的だったのは、R. D. Laingに対して結構な言及があったことだ。もちろん、NeurodiversityとR. D. Laingに直接的な関係はないが、精神障害を個人の医学的な問題ではなく、社会的な問題であると理解した点では決定的に一致している。

たとえ話

この本を読んでいて考えたことである。50mを10秒で走れないと日常生活が著しく不便な社会を想像する。この社会では、50mを10秒で走れない人間を「鈍足障害」と診断し、様々な治療法や投薬が試みられる。実際、投薬は一定の成果を上げる。特に「鈍足障害」と併発しがちな抑うつには効くだろう。どうにもならない場合は障害者手帳が配られる。また鈍足障害者に共通の遺伝子や脳の構造やその他の病因が調査される。

この社会は二重に間違っている。第一に50mを10秒で走れないと不便な社会が間違っている。多分道路交通法や建築基準法が間違っているのだろう。走るのが遅い人間に不利な社会は正義の見地から間違っている。

第二に、走るのが遅い人間を一括して考えるのが間違っている。走るのが遅い原因は無数にあり、有意味な研究をするには原因ごとにさらに分類を細かくしなければならない。その結果、例えば「その遺伝子があっても速い人もいますが」みたいな結果しか出ない。そもそも走るのが遅いのは単一の病気ではないのだから当たり前だ。つまり、この話は科学的あるいは統計学的にも間違っている。

ASDも結局同じことではないだろうか。ASD者は医学的に単一のグループではない。分類を細かくしても同じことだ。そもそもASDと判定する基準が、医学ではなく特定の社会の要請である。もしかすると資本主義経済でなければ障害ではないのかもしれない。アメリカでは日本より遥かに簡単に障害認定されるかもしれない。

個人的な話

R. D. Laingはほぼ全著作を読んでいる。昔からわたしはこういうのが、個人の問題ではなくて個人間=社会の問題であると強く感じていたらしい。哲学方面でもわたしの一貫した傾向だ。

わたし自身はASDの強い自認がある。実は診断を受けようかと思ったこともあるが、負担も大きいし、この本を読んで今こそ受ける気がなくなった。

そして、わたしは来月から無職になる。FIREだが、要するにASDにとって最も厳しい学校・職業生活からとうとう脱出したわけだ。実のところFIREというのはASDの所業なのではないか。この本に限らず、ASD本に書いてある実体験の類には常に強い共感を持っている。

この本については、ちょっと戦闘的過ぎるところがあって引いてしまった部分もある。Basic Income導入とか、自閉症を認定したのはナチが最初だとか、戦線を拡大しすぎなのと、扇動的過ぎる部分もある。しかし、大枠においては非常識な話ではない。LGBTQの話とリンクしがちなのは昔から違和感があるが、要は多様性の尊重=標準/病気化への抵抗ということで連帯するべきというか、パラレルということなんだろう。

まだ出版されたばかりというか、発売日が未来になっているが、既にどこかで翻訳出版の準備が進んでいるだろうか。わたしで良ければやりますが…。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr
発売日 ‏ : ‎ 2026/5/26
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198876519

2025年5月27日火曜日

Penelope Gardner-Chloros "Bilingualism" [バイリンガル]

 Bilingualism (Amazon.co.jp)

目次:1. なぜバイリンガルが重要か 2. バイリンガルになること 3. バイリンガルの経験 4. バイリンガルの認知 5. バイリンガルの脳 6. バイリンガルの発話 7. 筆記におけるバイリンガル 8. バイリンガルの過去・現在・未来

著者は欧州議会のプロの通訳だったりするらしく、単なる学者ではない。また、バイリンガルに関する研究をまとめている部分もあるが、かなりの部分が著者自身の調査に基づいている。このブログで紹介しがちな特定の学問分野への入門書とはちょっと違う。

最初のうちは政治的な話。二つ以上の言語を話せるのが脳に良い/悪いという議論は、移民差別、border controlなどと密接に関わっている。Political Correctnessは別とすれば、果たしてバイリンガルは認知機能や幼児の発達に良いのかどうか。この件について著者は極力科学的なエビデンスを参照しようとしているが、結局のところ、確定的な結論を引き出すほどの研究結果がないようだ。はっきりした利点としてもちろん単純に色んな言語を使う人と話せるとか、老人性痴呆に対して明らかに抵抗性があるとかはあるが。

この本の真ん中あたりの結構な部分が、バイリンガルのリアルな経験を説明しているが、要はバイリンガルの経験する世界をモノリンガルに対して説明しているようなことで、我々としては当たり前のことしか書いていない。しかし、確かにこの類の質問はよく受ける。誰でも「頭の中は何語なんですか」という質問を食らったことがあるだろう。酷い場合は「頭の中は関西弁なんですか」みたいな質問を受けることすらある。説明に困るが、我々としては別に重要な質問とも思えない。この類の質問がある人はこの本を読んだほうがいい。そんな人がこのブログを読んでいるとは思えないが。

このあたりまでは一応、科学的というか中立的っぽい記述がされているが、最後のほうはもうはっきりpro-bilingualismである。英語至上主義に反対したりしているのは、結局、英語圏が念頭にあるからなんだろう。別にそれ自体はわたしも反対する理由がない。

結局、この本のせいではないが、バイリンガルについてはたいして科学的知見がない。そして少なくとも日本ではバイリンガルを差別する勢力は少ない。いることはいるけど、大半の人は、話せる言語は多いに越したことはないくらいに思っているのではないか。これ以上この件について調べても、政治的にはともかく、少なくとも科学的にはあまり面白い知見は出てきそうにない。

The MIT Press (2025/2/4)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0262549431

2024年1月18日木曜日

Abigail Shrier "Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters" [回復できない損害:わたしたちの娘たちを誘惑するトランスジェンダーの流行]

少し前にKADOKAWAが翻訳書を出版しようとしていたが、どっかの団体の抗議を受けて出版中止になったという本。内容は要するに十代の女の子が希望したからと言って、簡単に男性ホルモン投与だの乳房切除手術するな/勧めるなということだ。

別に万民が読むべきとも思わないが、この本を翻訳出版すべき/するなとか騒いでいる人々の99.99%は実際にこの本を読んでいないだろう。翻訳出版してもこの状況がそんなに変わる気もしない。英語圏でもそんな感じらしいし。この記事にたどり着いた人のほとんども読んでいないし読みもしないだろう。わたしは一応読み終えはしたが、内容的にもそんなに面白いわけではない。ここで内容を詳しく説明して読んだ気になられても詰まらない。

ただ、印象として、書きぶりが戦闘的過ぎてその時点で引いてしまうところがある。考え方が一々保守的なのは間違いない。わたしは常に自由の側に立つ傾向があるので、外科手術なんかして仮に後で後悔しても本人の勝手では…などと思うが、まあそれはそれで極論なんだろう。入れ墨なんかより深刻な健康問題があるようだ。しかし、親の権利がどうとか、子供をSNSから引き剝がせとか、それもなあという。自由の側に立つ傾向のあるわたしとしては、翻訳出版中止もおかしいだろと思わなくもないが、現場ではそんなことを言っている場合ではないのかもしれない。

Regnery Publishing (2020/6/30)
言語: 英語
ISBN-13: ‎ 978-1684510313

Irereversible Damage (Amazon)

2023年6月4日日曜日

Veronique Mottier "Sexuality: A Very Shor Introduction" [セクシュアリティ:非常に短い入門]

目次:1.セクシュアリティ以前 2.セクシュアリティの発明 3.処女か娼婦か:セクシュアリティのフェミニスト批判 4.寝室の中の国家 5.性の未来

かなりうんざりした本である…。まず扱っている対象が面倒なんだろう。近頃LGBTQだとかで全部の話についていっている人がそんなにいるとは思えないが、この本で話が整理されるわけではなく、さらに混乱が増す。フェミニズムだの優生学だの社会主義だのは序の口で、エイズだとか宗教だとかその他もろもろで、とにかくずっと論争の歴史を読まされるが、どの時点でも参加者が多すぎて誰が味方で敵なのかよく分からない。それどころか、そもそも何を争っているのかも分かりにくい。多分、著者はフェミニストで伝統的な男/女の対立を軸に考えているのだと思われ、別の視点の人からはいくらでも文句が出そうな気もする。

もう一つ言えるのは、最近VSIで読んだ奴隷とか優生学とかと同じで、この本も「断罪系」で、要するにこのテーマで中立な記述などというのがあり得ず、何かしらの価値基準からしか記述のしようがないのだが、上のような理由で著者がどの基準で見ているのかが分かりにくい。奴隷については奴隷制反対とか優生学については優生学は悪の疑似科学とか価値基準が分かりやすいが、セクシュアリティについてはそういう分かりやすい基準がない。著者の価値基準はだいたい書きぶりから察しがつくというようなものだが、だとしたら、著者が自分の価値観を明示しないのは良くない気もする。

あと、これは明白に書き方の問題だと思うが、何か全体に具体的な話が薄い。多分、著者は具体的な話より理念の交錯というか政治的な対立のほうに興味があるのだろうか。確かに同性愛のフェミニストと異性愛のフェミニストの関係とか、これに右派左派とか優生学に対する態度とか、人種差別がどうとか、直交する概念がどんどん加わってきて、誰と誰が何を巡って戦っているのかものすごく分かりにくい。参加者がみんな必死なのは確かだが。

総じてVSIでたまにある「テーマか巨大過ぎる」というパターンだと思う。これはこれで資料性があるのかもしれないが、誰が見ても公平なわけではないだろうし、ちとintroductionというのは無理がある。そして、基本的にギリシア・ローマから始まる西欧の話で、世界の他の地域はほぼ無視されている。素人にはお勧めできない。

At least I can say this is not an introduction.

Oxford Univ Pr (2008/6/23)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0199298020

2023年4月12日水曜日

Serge Latouche "La Décroissance" [脱成長]

読むのに時間がかかったし、結論から言うと良い本と言えるかどうか微妙だが、考えることの多い本ではある。その間に日本語訳が出版されて、タイトルにも「脱成長」という非常に適切な訳が当てられた。

多分誰でも思うことだが、経済学を学び始めてすぐに「経済成長を続けなければ資本主義経済は維持できない」と教えられ、「いや地球は有限でいずれ限界が来るし現に人口は既に減り始めているし」と違和感を持つが、「人口が減っても生産性が上がれば問題ない」とか「持続可能な開発」とか意味不明な文言で言いくるめられてしまう。日本で言えば長年経済成長せずに特に生活水準が落ちている気もしないし、歴史的に見ても経済成長しないほとんどの時代でも普通に人間は存続してきた…。生活が良くなることの一つの指標として経済成長があり、別に経済成長しなくても生活が良くなればいいように思うが、今の風潮ではなんでもいいから経済成長が必要なことになっていて、何なら経済に貢献しない「生産性のない人間」は存在自体が悪みたいな…。そもそもサステナブルな社会のためにはどっちかというと成長しないほうがいいのでは…。

この一連の疑問は現代の価値観の中心部を直撃している。さしあたり地球温暖化ということでやむを得ず成長に制限が掛けられ始めたが、それでもグリーンニューディールで経済が成長すればいいとかそんなことになっており、ここで実質的な富の拡大と、金銭価値に換算した数値の成長が微妙に混同されている。それが本書でも言及されているような「自然環境の減価償却を計上せよ」みたいなことで全部解決するのか不明だが。

ということを日頃思っていて"Que sais-je"でこのタイトルに出会ったので即買いしたが、とにかく読みにくい。フランス語が難しいわけでなく、一つには衒学が過ぎるのと、一つには感情が多すぎる。多分、著者はものすごく論争を経験してきているのだろう。こういう話はすぐに「じゃあ石器時代に戻れというのか」とか「GAFAが悪い」というバカみたいな話が出てくるし、著者がその類の話から完全に自由だとも思わない。アングロサクソンの価値観はとか言う文句が典型的だが、わりと最初のほうで熱力学の第二法則とか言い出した時点でうんざりする。

しかし、これが脱成長の第一の論客ということでもあるので、読んで損のないところではある。著者の論理の根源は、成長がどうこうというより、生産力至上主義に対する批判だと思われる。従って人口が減ればいいという考えではない。これは資本主義でもマルクス主義でも関係がない。その意味では怠ける権利の正統後継者なのかもしれない。それに付随する諸概念は人によって賛否があるだろう。やたら連帯solidaritéを強調するのはフランスの伝統だから仕方がない。生態系的制約は誰も多分異論はないが、原発がどうとか個別の話はまた別かもしれない。グローバリゼーションを敵視するのはどうかとか、格差問題とリンクさせるとか他にもいろいろある。特に脱成長で失業問題が解決するとか言われても、フランスと日本では状況が違い過ぎる。こっちでは労働力不足が問題で。

ちと論点が多すぎてまとめきれない。結局、脱成長という概念自体は、「そんなに成長成長言わなくても」くらいのことなので、色々個別の政策として考えるというよりは、もっと根本的な社会全体の価値観の変化を促すものだと思う。フランス人みたく徹底的な労働嫌いになるのが幸せかどうか疑問だが…。

Depuis longtemps, on dit que la croissance est nécessaire pour maintenir l'économie. On se demande souvent si une croissance permanente est possible. Évidemment, ce n'est pas possible. C'est le début.

Éditeur ‏ : ‎ QUE SAIS JE; 2e édition (9 février 2022)
Langue ‏ : ‎ Français
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-2715409606

2022年6月21日火曜日

Bertrand Russell "In Praise of Idleness" [無為を讃えて]

目次:1.無為を讃えて 2.「無駄な」知識 3. 建築と社会問題 4.現代のミダス 5.ファシズムの起源 6.スキュラとカリブディスまたは共産主義とファシズム 7.社会主義のために 8.西洋文明 9.若い冷笑について 10.現代の均一性 11.人間対昆虫 12.教育と規律 13.ストア主義とメンタルヘルス 14.彗星について 15.魂とは何か?

ラッセル卿のエッセイ集で、今時はめっきり減ったタイプの本だなあと思う。だいたい社会批評みたいなことだが、原著出版年が1935年という、ちょうどヒトラーが暴れ始めている頃で、時代の空気もあり。時々日本への言及もあるのは、やっぱり日本は大国だったのだろう。社会主義に対する楽観は今となっては目立つ。

ラッセル卿と言えばノーベル文学書受賞者であり、数理論理学の大家だが、あまり流行らなくなっていくだろうと思うのは、数理論理学とか数学基礎論とか呼ばれる分野がどう見ても衰退しているからだ。数学科では明確に衰退したし、哲学科でもどうなんかな。論理学自体は基本的に思考の訓練用で、もちろん細々と続いているのだとは思うが。「ゲーデル・エッシャー・バッハ」とか、もうあの頃は衰退気味だったのかもしれない。メタ数学だの集合論だの不完全性定理だのを嬉々として語っていた人たちはどこにいったのだろうか。計算機科学では確かに論理回路レベルで分析哲学みたいな話はあるが、関数型プログラミングとか永遠に離陸しない。VSIでもMetaphysicsとかかなり面白いが、話が微細になり過ぎて専業でやるのはしんどいかもしれない。

とにかくラッセル卿は数理論理学者としては間違いなく大家には違いないが、この類のエッセイについては、直弟子のヴィトゲンシュタインですらあまりに感心していなかったようだ。ただ、そこはノーベル文学賞受賞者であり、数理論理学自体が読まれなくなっても、エッセイについては名文だという理由で今でもしぶとく読まれているらしい。わたしがこれを読んだのはタイトルに惹かれたからで、簡単に言うと別にそんなに働かなくても人類は食えるだろうというようなことで、社会主義を推奨するようなことだ。ラッセル卿は常識的な人であり、変に尖った意見とかはないし、特に感動するような文明批評もないが、なんとなく最後まで読んでしまうあたりは人柄なんだろう。昔から英文読解のいい材料になっているし、高校生でも読めるだろう。

Nowadays nobody talks about foundations of mathematics. His essays will survive a bit for his famous clear English....

Thomas Dunne Books; Reprint版 (2017/6/6)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1250098719

2022年2月3日木曜日

Daniel Kahneman et al. "Noise" [ノイズ]

目次:1.ノイズを発見する 2.知性は測定器である 3.予測的判断におけるノイズ 4.なぜノイズが発生するか 5.判断を最適化する 6.最適なノイズ

相当面白く、経営や社会科学全般にmust-readと言っていい本だが、まずタイトルが分かりにくい。簡単に言うと、人間のする判断のバラツキを指摘してその解決策を提案する本。

あの"Thinking, Fast and Slow"のKahnemanが著者だというのにあまり評判になっていないのは、一つには前半部の話が単純に難しいのと、二つには後半部の人間の直感を排除する提案が反感を買うからだろう。

根底にある統計学については、ほとんど数式を使っていないが、最小二乗法くらいは勉強していないと何を言っているのか分からないのではないかと思う。多くの計測値と真値が与えられれば、誤差=バイアス+ノイズとなる。バイアスとは計測値の平均値と真値のズレで、タイトルにもあるノイズはこの右辺第二項を指している。

さらに基本的な統計学で平均二乗誤差=バイアスの二乗+ノイズの二乗と分解できる。全誤差(平均二乗誤差,MSE)を最小化するためには、バイアスを小さくすることも大事だが、ほとんどの場合ノイズが軽視され過ぎているというのが本書の基礎となる主張だ。

多くの場合、例えば裁判官が犯罪者の量刑を決める時には真値は分からない。従ってバイアスも差し当たり分からないが、多くの裁判官をテストすれば平均値を真値と推定してノイズ自体の計算はできる。本書の中心的な主題はバイアスではなくノイズなので、この点はあまり問題にならない。本書の主な問題は同じ案件なのに裁判官やその日の天気などによって量刑が変わってしまうことだ。良く問題になる犯罪者の人種や性別などによるバイアスは本書の主題ではない。

二乗という操作が入るが、とにかく全誤差はバイアスとノイズ(システムノイズと呼ぶ)に分解される。似たような操作でシステムノイズはレベルノイズとパターンノイズに分解される。裁判の例では、レベルノイズとは、そもそも平均的に量刑を重く出す裁判官と軽く出す裁判官がいることに当たる。

パターンノイズは裁判官と状況との交互作用によるものだが、パターンノイズは安定したパターンノイズと機会ノイズに分解される。安定したパターンノイズとは、裁判官によって事例のどの要素(被告の生い立ちとか被害者の年齢とか)を重視するかが違うことによる。筆者たちの研究ではこの要素がシステムノイズの中で最大だという。機会ノイズはさらにその残りで良く分からない。その日の天気とか前の日に地元のスポーツチームが勝ったとかそんなんだろう。

射撃チームが一つの的を狙ったとする。全員の着弾点の平均が的からズレていたら、このチームには全体にバイアスがあることになる。着弾点が散らかっていたらシステムノイズが大きい。右にずれやすい人と左にずれやすい人がいたらレベルノイズということになる。的の状況が個人に安定して別々の影響を与えるなら安定したパターンノイズということなる。それらを全部除いてもそもそも射撃は100%正確になるはずかないというのが機会ノイズ、あるいは本書でも使われる用語では客観的無知ということになる。

この本に文句を言っている人の多くはここまでの基本概念が頭に入っていないのだろうと思う。本書の主張は色々な事例(難民申請の許可や人事評価や保険の査定や指紋の鑑定など)を大量に引用しつつ、人々が思っているよりノイズが大きくて社会正義や経営判断をムチャクチャにしているということだ。そしてノイズを減らすための方策としてガイドラインの導入やアルゴリズム、あるいは単純な数式の導入を推奨する。このあたりの考え方は"Thinking, Fast and Slow"と基本的に同じで、反感を買いやすいのは分かる。ただ文句を言っている人の大半はここまでの議論をきちんと理解していないのではないかと思う。わたしとしては「アルゴリズムは透明性が高い」みたいなところに引っかかったりしたが(普通AIが何を考えているかは分からない)、かなり面白かった。ただ、わたしはここで問題になるような判断ごとを他人事みたいに思っているから単純に面白がっていられるが、経営者とか行政とかは真剣に読むべきだろう。しかしやはり難しいかもしれない。結局、ノイズよりバイアスのほうが分かりやすいし、バイアスを退治すれば英雄だが、ノイズ対策をしても効果は同じくらい大きくてもそこまで目立たない。

経営学の分野でもこの本は紹介されることが多いが、実際に読んでいる人は少ない印象だ。翻訳も出ているし、この文章をここまで読んだ人がこの本を理解できないことは考えにくい。色々面白い事例も載っているし、実務で問題になる人だけでなく、単に面白がりたいだけの人も読んで損はしない。良い本だった。

A must-read for us looking for new intellectual excitement.

William Collins (2021/5/18)
言語:英語
ISBN-13:978-0008309008

2021年11月5日金曜日

Tim Newburn "Criminology: A Very Short Introduction" [犯罪学:非常に短い入門]

目次:1.犯罪学の導入 2.犯罪とは何か 3.誰が犯罪を犯すのか 4.犯罪をどのように測定するのか 5.犯罪の最近の傾向を理解する 6.犯罪の減少を理解する 7.犯罪をどのようにコントロールするのか 8.どのように犯罪を防ぐのか 9.犯罪学の未来

目次からも分かるように基本的には主に社会学と刑事政策の範疇にある犯罪学で、犯罪捜査や司法の話ではない。あまり期待していなかったがかなり面白かった。個人的に昔、犯罪学は色々調べたことがあり、統計が信用できないだの立法過程や司法機関のほうが問題だのと非生産的なことばかり言っている気がしていたが、どうも時代も変わったらしい。本書にもあるように統計を疑うのは賢明なことだが、非常に重要な情報であることには変わりない。例えば、どんな状況のどんな国でも十代後半に犯罪率のピークが来るのは確からしい。戦後犯罪率が上がり続けるが1990年頃にピークを迎えてその後減るという謎現象も確かにあるようだ(Chapter 6)。生物学的・遺伝的原因も昔のように全面却下されていない(無鉛ガソリンの影響の可能性すら言及されている)。不確かな情報からでも、実際に有効な行政手段も生まれているらしい。もちろんVSIなので入門でしかなく、わたしとしては物足りないところもあるが、学問が進歩しているのは認識させられた。これを読んでさらに犯罪学を究めようという人は少ないかも知れないが、社会を見る一つの視点を得る意味で誰が読んでも損がないのではないかと思う。

I have read numerous books on this topic from decades ago. Still, I think this book is the best.

Oxford Univ Pr(2018/6/26)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0199643257

2019年7月5日金曜日

Sarah Harper "Demography: A Very Short Introduction" [人口学:非常に短い入門]

目次:1.人口学は宿命…か否か 2.55000人から70億人へ 3.人口学思想の先人 4.統計と数理モデルの導入 5.動因 6.人口転換―人口学の中心 7.人口学者の道具箱 8.人口ピラミッドと予測 9.下位分野の登場 10.人口政策と将来の課題

あまり面白そうな学問とも思えず、とは言え、現に日本社会の現在の最大の論点を直撃している学問なので読んでみたが、特に認識は変わらなかった。この本はVSIの標準的な書き方で、大学生向けに業界の歴史、方法論、現状と今後の課題を概説しているが、本当の初学者向けかなと思う。普通に社会科学を勉強していれば、自然に人口学の知識も入ってきているはずで、そういう人たちが一度整理しようと読むにしても特に推奨はできない…。この本は人口学の方法論と業界事情の記述がメインで、しかも、ほとんど常識的だ。例えば9章の下位分野の紹介は、おそらくアルファベット順でしかない。なにより人口学の研究の具体的な成果の記述がほとんどない。日本に言及されているのが、記憶の中では一か所しかなかったが、日本とは言わなくても、せめてイギリスの人口動態について一章くらい当ててくれれば人口学の意義がもっとわかりそうなものだ。

唯一最後のほうの各国の政策の具体例とその結果(中国の一人っ子政策やルーマニアの反避妊政策やオーストラリアの移民政策など)の記述はものすごく面白く、こういう話をもっとしてほしいが、VSIはそういう趣旨じゃないということだろうか。あくまで業界入りを考える学生のための本で、一般人向き啓蒙書、日本で言う新書みたいなことではない。

Not for everybody. It comprises of descriptions of the academic world, few concrete examples of each countries.

Oxford Univ Pr (2018/7/24)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0198725732

2019年1月20日日曜日

Thorstein Veblen "The Theory of the Leisure Class" [有閑階級の理論]

これは社会学の古典として必ず挙がる本だが、多分、先生方もそれほどプッシュせず、学生も読まないし、せいぜい就職試験とかで「ウェブレン‐有閑階級の理論‐誇示的消費」という連想だけ覚えているのが現実だろう。読んでみれば理由は明らかで、読みにくいとかムダにprovocativeというのは別としても、根拠不明の独断と偏見に満ち溢れていて、こんなのが社会学と思われては教育上問題がある。今の基準から言えばヴェーバーもデュルケムも酷いという話もあるが、これについては学問と言えるレベルではなく、せいぜいが文明批評というしかない。

ただまあ、それでも今のところまだ名著と呼ばれている理由も分からなくはない。たとえば、今の世で「品が良い」と言われるようなものは、要するにムダに使える閑暇か財力を表現するようなものであるというような主張がある。こういう断言は、根拠を示して正しいとか間違っているとかいうような命題ではなく、単に一つの見方の提示で、今の学界では排除されるのかもしれないが、しかし無意味な命題でもない。そして、現代の階級制度について冷笑的な分析を行っているが、マルクス主義的では全くない。

そういうことでは、今ならブルデューを読んでおけば上位互換の気もするし、わたしとしては、ボボの100語を強く推奨したい。あえてこの本を強く推奨しないが、こういう本を読んで引用して閑暇を誇示するのも一興かもしれない…。有名な本だし、読んで損したとは思わないし…。

A nice book to read to show off your abundant leisure.

Blurb (2019/1/9)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0464712701

2018年11月16日金曜日

Thomas Legrand, Laure Watrin "Les 100 mots des bobos" [ボボの100語]

これはクセジュの中でも稀に見る面白い本だった。boboとはブルジョワ・ボヘミアンの略で、簡単に言うと意識高い系とLOHASとサブカルクソ女が融合して生まれた最強種族のようなものと思えばほぼ間違いない。経済的に余裕はあるが政治的には左翼で、移民や同性婚に寛容で、フェミニストで、国際人で、子供には外国語を学ばせ、ヨガをし、隠れ家的レストランに通い、エコで、トートバッグを持ち歩き、菜食志向で、無農薬野菜を愛し、美術館が好きで、良く分からない前衛的なアートを支持し、仕事とプライベートの区別が薄く、ノマドで、スタバにマックブックを持ち込み、移動は自転車で、海外旅行に行くと観光客向けのところより地元民の通うような居酒屋などを好み、いやもう、あとはみなさんが勝手に想像でリストを続けられると思うが、それもほとんど間違えないと思う。一つ日本と違うとすれば、社会参画志向が日本より遥かに強くて、地域社会や学校などを積極的に改変していく点か。

この本で取り上げられる100語も全部紹介したいくらいだが、もう上記に出たのもあるし、グローカリゼーションとかカウンターカルチャーとか共同農園とかラテマキアートとか、基本的には全部半笑いで読み続けるしかない。実際、フランスでもboboは嘲笑の対象なのだが、現実に政治的には一つの勢力で無視できず、日本で言えば、立憲民主党の支持者のような感じなのだろう。右派が左派を非難する時にboboという言葉が頻出するようなことで、自分がboboであると認める人はいないが、しかし、実際はboboだらけという図である。思い返すと、少なくともわたしが知るフランス人は一人残らずboboだ。

もちろん、あまりに戯画的過ぎて、ただの筆者たちの妄想なのではという疑いもあるが、あまりにリアルで、フランスでは随分研究も重ねられているらしいし、一応公式っぽい定義として「経済資本より文化資本の最大化を目指す人たち」みたいな線で考えられているらしい。とにかく、左派政治家にとっては現実の問題であり、笑っている場合ではない。右派がポピュリズム政党として確立しつつある以上、左派は今までみたいな労働組合基盤というよりboboを基盤にするしかないのかもしれない。

個人的にはgentrificationという概念が面白かった。昔はドーナツ化現象とか言って、金持ちは郊外に住むことになっていた。それがその後逆転して、退廃した都心部に憧れたboboが逆流入してきて、地価が上がって貧乏人が追い出されるほか、行政も動かしてキレイな街になってしまい、下町とは名ばかりの高級住宅街やら囲い付きの住宅地ができてしまう。で、もともとの下町住民とタワーマンションの住人との関係が問題になるというような。

いずれ翻訳されるのかもしれないが、特に社会学とか人文地理学とか都市工学とかの学生には必読書として指定したい。その他、単に「意識高い系大全」みたいなノリの装丁で売っても売れるだろう。boboはライフスタイルであり、専門の雑誌がないのが不思議なくらいだ。こういう面白い本が日本の社会学から出てこないのは残念だが、せめて輸入してもらいたい。

Le meilleur dans la collection "Que sais-je?".

Presses Universitaires de France - PUF (5 septembre 2018)
Langue : Français
ISBN-13: 978-2130809128

2018年9月27日木曜日

Matthew Frederick, Vikas Mehta "101 Things I Learned in Urban Design School" [私が都市計画学校で学んだ101のこと]

全くの素人に都市計画者の視点を教える本。まあ、何がどう計画されているのか分からない町も世の中にはたくさんあると思うが、それにしても一応計画されている。もちろん、比較的新しい関東の私鉄沿線の都市などは分かりやすいし、今でも湾岸はゼロから計画されている。一応こういう本を読んでおくと、デベロッパーや行政が何を考えているのか多少は分かるようになり、街歩きの楽しみが増えるというものだ。とは言うもののこの本、"101 Things I Learned®"の中では、今一つだった気もする。理由の一つは、都市計画に限らず、何の事業にでもあてはまるような教訓が多いせいだろう。

Good enough, though not as good as I expected from other 101 things books.

Three Rivers Press (2018/4/3)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0451496690

2018年3月7日水曜日

Marie-France Hirigoyen "Le harcèlement moral au travail" [職場のモラルハラスメント]

職場でのいじめに関する統計や背景や対策など。わりと公式的な話で、この辺り、フランスだから日本より進んでいるのかもしれないが、わたしとしては、正直な所、フランス語の語彙を拾う以外に特に価値はなかった。日本で実用的な話なら、メンヘル検定のテキストでも読むほうが良いかも知れない。わたしはII種を取ったが、特に実務経験とかが無くても取れる。

La même chose au Japon.

PRESSES UNIVERSITAIRES DE FRANCE (29 janvier 2014)
Langue : Français
ISBN-13: 978-2130624790

2017年6月23日金曜日

John C. Maher "Multilingualism: A Very Short Introduction" [多言語使用:非常に短い入門]

目次:1.多言語世界 2.多言語使用を勧める理由 3.多言語使用、神話、論点 4.人々、言語、危険な物 5.個人の多言語使用:一つの心と多数の言語 6.政治、言語、国家 7.アイデンティティと文化 8.共通語、混合、人工言語 9.絶滅危惧言語

社会レベル・個人レベルでひたすら多言語使用を推奨する本。この著者の念頭にあるのは、単一言語環境に生きている単一言語しか話せない人間、要するに英語圏の英語話者なんだろう。

まず、多言語使用がどれほど普通のことであるかが説かれる。本書によると、世界人口の2/3が少なくとも二言語以上を話すらしい。従って、多言語使用が普通であることは、少なくとも世界人口の2/3にとっては周知の事実でしかないが、公用語自体が二言語以上ある国も含め、とにかく大量に例が挙げられる。さらには、こんな有名人もマルチリンガルだとか、マルチリンガルの子供のほうがモノリンガルの子供より学業成績が良いとか、多面的に物事を考えられるとか、果ては就職に有利とか、マルチリンガルの美点が大量に書き連ねられる。もちろん、我々は気分が良いが、モノリンガルの人が読んだら気を悪くしそうだ。

この件については"Translation"もそんな感じだったが、ちょっと引っかかる。もちろんわたしもマルチリンガルであるに越したことはないと思っているし、頑なに日本語とか英語しか話さない・方言すらバカにするような人種はバカにしているが、この本はマイナス面を明らかにdownplayしている。実際、多言語環境で育ってどの言語も十全でなく困っている子供もいるし、身の回りを見てもマルチリンガルを鼻にかけている種類の帰国子女はむしろ学業成績が低い。何より、著者は言語を習得するのに必要な労力について何も言わない。

後半は社会学的な記述が始まり、少しは厳しい現実が語られる。社会的に地位の高い言語も差別される言語もあるし、国家による強制もあるし、使用されている言語の数はどんどん減っている。しかし、ここでも筆者は基本的に明るい面を強調し、アイルランド語の復興とかエスペラントなどを肯定的に見ている。全体的に言えるのは、世界の言語情勢を客観的に解説する本というよりは、多言語使用を煽る本と言える。外国語を学習しようとする人には、良い動機づけになるだろう。個人的には、わたしも筆者にほぼ同意だし、さらには言語統制機関、日本で言えば国語審議会とかNHKアクセント辞典などに何の敬意も持っていないが、Oxford Universityという出版社にしては、煽り要素が強い気がした。

I am afraid that monolingual people would be offended reading this book. If you are a multilingual or are studying foreign languages other than your mother tongue, this book is for you.

Oxford Univ Pr (2017/6/22)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0198724995

2017年4月3日月曜日

Elizabeth Blackburn, Elissa Epel "The Telomere Effect: A Revolutionary Approach to Living Younger, Healthier, Longer" [テロメア効果:もっと若く健康的に長く生きるための革新的な方法]

目次:1.早く老いる細胞がどのようにあなたを老けて見せ、感じさせ、行動させるか 2.長いテロメアの力 3.テロメラーゼ:テロメアを補充する酵素 4.ほころび:ストレスはどのように細胞に入り込むか 5.自分のテロメアを気にしろ:否定的な考えと弾力的な考え 6.青色が灰色に変わる時:鬱と不安 7.テロメアを鍛える事:どの程度の運動が十分か 8.疲れたテロメア:疲弊から復活へ 9.テロメアは重い:健康な代謝 10.食事とテロメア:細胞の健康に最適な食事 11.テロメアを支援する場所と顔 12.妊娠:細胞の老化は子宮から始まる 13.子どもの頃は一生影響する:幼児期がどのようにテロメアに影響するか

テロメアという言葉がどれくらい一般に知られているか分からないが、要するに生物の老化を決定する細胞内の構造である。若ければ若いほど長く、歳を取ると短くなる。ただ、人によって、つまり、遺伝的・環境的な様々な原因によって、実年齢より長かったり短かったりする。というか、どちらかというとテロメアの長さこそが実年齢というべきで、これと暦年齢との差が本書の主題である。

だいたい二つの部分があり、テロメアとテロメア―ゼ(テロメアを回復させる酵素)についての判明している科学的知見と、テロメアに良い生活習慣などの説明が交互に来る。読者のかなりの部分が、後者にしか興味がないと思われるが、その件に関しては、率直に言って、特に斬新な知見もなく、"LOHAS"の一言で済むようなことだった。つまり、ストレスを管理し、たばこは吸わず、酒を控え、適度に運動し、瞑想をし、有機野菜を食べ、肉食を避け、オメガ3脂肪酸を取り、愛情のある生活をし、質の良い睡眠をとり、近所の人と仲良くし…。要するに世間で言われているようなとても意識の高い生活を推奨しているだけだが、背後にテロメアに関する疫学的な知見と、ノーベル生理学賞という説得材料が後に控えている点がこの本の売りなんだろう。

強いて世間の常識と少しずれていると思われるのは、体重自体をあまり問題にしていない点だ。体重自体より代謝とかダイエットのストレスのほうが問題であるとかいう言い分で、体重増加が代謝に関する重要な情報であることを強く言わない。もう一つ目立ったのは、特に前半でマインドフルネスを非常に重用している点で、これはDepression: A very Short Introduction"でもそうだったが、流行りなんだろう。

個人的には最後のほうのテロメアの遺伝とか胎児期~幼児期のストレスでのテロメアの損傷に関する知見がこの本の最大の収穫で、暗澹たる気持ちになったが、社会運動を別にすれば、個人が自分ではどうしようもないことである。格差社会はテロメアに及んで文字通り遺伝すらしている。世界的に売れている本らしく、日本でも「テロメア・エフェクト」という分かりにくいタイトルで訳されている。意識の高い生活をしたいが意志力が足りない人は、この本を読めば自分を説得する材料が増えるかもしれない。

All doctors recommend almost same style of life and this book is not an exception. In a word, "LOHAS". One outstanding feature of this book is a strong recommendation of "mindfulness" to control stress.

Grand Central Publishing (2017/1/3)
言語: 英語
ISBN-13: 978-1455587971

2016年11月22日火曜日

Matthew Reynolds "Translation: A Very Short Introduction" [翻訳:非常に短い入門]

1. 言語を渡り歩く事 2.定義 3.言葉と文脈と目的 4.形式と自己同一性と解釈 5.権力と宗教と選択 6.世界の言葉 7.翻訳文学

話は、ネイティブスピーカーのいない謎の中間言語、"kanbun-kundoku"漢文訓読から始まる。そう言われてみれば、我々はもっとこの奇妙な言語についてもっと真剣に考えるべきだった。本の主題は、翻訳者が翻訳をする時に感じている様々な方向からの制約、そして、翻訳が逆に言語や社会に与える影響。機械翻訳にも触れられるが、いずれにしても、技術的な話には深入りせずに、あくまで言語・社会と翻訳との関わりが主題だ。

個人的な事情として、わたし自身、翻訳者なので、色々「翻訳者あるある」な話や考えさせられる話があった。翻訳者や翻訳を目指す人は読んで損はない。mono-lingualな人がこの本を読んでも冴えないかもしれないが、それにしても、政治などが翻訳で決定的な影響を受けるようなことは良くある話で、ごく最近でも酷い誤訳が新聞やテレビをムダに騒がせていたりするのだから、誰でも翻訳についてこの程度の知識はあって良い。もっとも、mono-lingualがこのブログを読んでいるとも思えんが…。

さらに全く個人的な事情だが、翻訳業界では、「いかにも翻訳」な文体が軽蔑され、「日本語らしい」文体が良しとされているが、何かどうでもいい気がしてきた。昔なら、わたしが好きな宮澤賢治は翻訳でもないのに翻訳調の詩を書いて完全に成り立っている。最近なら、わたしが嫌いな村上春樹も翻訳調だ。そして何より、日本語は漢文訓読によって回復不能な影響を蒙っており、英文翻訳調を漢文訓読調に直しても何にもなっていない気もしてきた。まあ、言語感覚が繊細な人なら、また違う見解もあるのかもしれない。

It was a very good reading. I am a translator myself and I guess that my English a bit odd for native English speakers. Also, my Japanese is too affected by foreign languages and of course by kanbun-kundoku. That sounds awkward but being a walking-Babel is a source of a lot of fun.

Oxford Univ Pr (2016/09)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0198712114

2016年8月24日水曜日

John A. Matthews, David T. Herbert "Geography: A Very Short Introduction" [地理学:非常に短い入門]

目次:1. 地理:世界がわたしたちの舞台 2. 物理的次元:わたしたちの自然環境 3. 人文的次元:場所の中の人々 4. 全体としての地理学:共通の基盤 5. どのように地理学者は働くのか 6.地理学の現在と未来

自然地理学と人文地理学という学問というか学科の概要。VSIの一つの典型で、とても分かりやすく、大学で地理学を専攻しようというような人にはちょうどいいだろう。

個人的には測量の国家資格も持っているし、高校の頃は地学と地理を選択していたし、大学レベルでも、歴史学はもとより地政学だの疫学だ気象学だの農業だのと地理が重要な分野に興味はある。ただ、だからと言って地理学一般に興味があるかというとそんなこともない。実際、大学で「地理」と名のつく単位は何個か取ったけど、やっていることは農業だったり歴史だったりで、「地理」という括りにあまり納得はしていない。状況は「統計学」ほど酷くはないかも知れないが、ともあれ、日本では統計学科はほとんど存在しないが、地理学科は存在するわけで、読んで損な本ではないくらいだった。しかし、地理ファンというのは確実に存在するので、そういう人たちが読むとまた全然違うのだろう。

A good concise overview of geography.

出版社: Oxford Univ Pr (2008/7/20)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0199211289

2016年6月16日木曜日

Chris Shilling "The Body: A Very Short Introduction" [身体:非常に短い入門]

目次:1.自然の身体か社会的な身体か 2.性別のある身体 3.身体を教育すること 4.身体を統治すること 5.商品としての身体 6.身体の問題:ジレンマと論争

例によってタイトルが短すぎて意味が分からないが、翻訳出版するなら「身体の社会学」というところ。本来ならこういうタイトルは読まないが、冒頭を数ページ読んで、筆者の誠実な文体が気に入って全部読むことに。出てくる人名はゴフマンとかアガンペンとかブルデューとか、社会学者がほとんどだ。

実際ものすごく良く書けている。たとえば二章は普通のフェミニズムの見解を普通に述べているだけだが、社会学を学ぶのなら当然把握しておくべき内容が分かりやすくまとめられている。以降、パノプティコンとかバイオポリティクスとか対面の相互作用とか、社会学の基本を「身体」という面から学習できる。社会学の初学者には、英語の勉強も兼ねて読む価値が高い。翻訳すれば、全国の社会学の学生の指定図書になると思うし、結構売れそうに思う。

ここから先は完全にわたしの個人的な感想だが、最初から最後まで"embodied"という形容詞が気になった。冒頭でも著者は西洋哲学の身体軽視を批判するところから入っているが、それでもまだ日本人・東洋人の感覚から遠いような気がする。それでも社会学からすれば大きな一歩なのかもしれないが。ただ、最後の辺り、インターネット越しの社会関係と、身体の近接を前提とする社会関係の相違は、少し考える気にはなった。

I am not a big fan of sociology any more. Still, this book is extremely well written.

2014年7月1日火曜日

Ali Rattansi "Racism: A Very Short Introduction"

これは翻訳するべきだし、日本語の似たような本より読みやすいだろう。標準的な教科書として、そこそこ売れる気がする。白黒はっきりつけるような簡単な本ではないが、世間に蔓延るいい加減な単純化を避けている本は、日本であまり見かけない気がする。日本で同じような本があるとすれば、どうせ単純な結論ありきみたいな説教本が想像され、手に取る前に読む気をなくすわけだが、そういうムキにはお勧めしたい。差別と言っても色々で複雑に絡みあっているものだが、この本の中心的な主題はあくまで人種差別で、特にユダヤ人や黒人がテーマとなる。もっとも、たとえば黒人といっても、差別する側のほうで既に定義があいまいだし、今となっては、自分が差別主義者であると考えている人なんかほとんどいない。にも関わらず社会レベルで観察すれば明白に差別は存在する。たとえば、アメリカでは黒人が白人を殺すと、白人が黒人を殺した時より15倍の確率で死刑になるらしいが。じゃあみんな偽善者として断罪するべきというのもムチャな単純化で、話が複雑になるのは避けられない。もちろん、単なる正々堂々とした人種差別主義も存在し、その論拠をすべて論破するくらいのことはこの本でも十分にやっているが、主たる論点は、もっと混沌としたものだ。

Very good overview on racism. This is not an easy topic, since there are few who think themselves as racists. Yet there are abundance of evidence of racism. Then, we all are hypocrites? This is not a all-or-nothing matter. That is why this book is sometimes described as challenging, I guess.

Oxford Univ Pr (2007/4/5)
ISBN-13: 978-0192805904