2024年12月5日木曜日

Daron Acemoglu, James A. Robinson "Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty" [国家はなぜ衰退するのか:権力と繁栄と貧困の起源]

Why Nations Fail (Amazon.co.jp)
国家はなぜ衰退するのか(上)(Amazon.co.jp)
国家はなぜ衰退するのか(下)(Amazon.co.jp)

原著2012年刊の時点で注目していた本だが、気になりながらずっと放置しているうちに2024年ノーベル経済学賞受賞ということで、読むしかなくなった。

ずっと放置していた最大の理由は書名が大風呂敷過ぎるように感じたからだが、実は書名の質問に対する答えは比較的単純なものだ。わたしがまとめると、要するに1私有財産権が守られないほどの無政府状態になるか2ごく一部の政治エリート層が富を独占して残りの国民から搾取するから。このどちらでも、技術革新が起こらないので国家が衰退する。

1の状態は論外として、2の状態では、例えば貴族と奴隷みたいな社会だと、好き放題収奪される奴隷の側では技術革新を起こす理由がないし、外国から新技術を取り入れる理由もない。エリート層は自分たちの地位を守るために技術革新を阻止する。さらに2の状態ではクーデターの魅力が大きい。その結果、革命は起こるが、単に支配者が入れ替わるだけで少数が多数を抑圧搾取する構造は何も変わらない。

実例が大量に挙げられ、ほとんど世界史のおさらいみたいになる。本書が分厚く見えるのはそのせいで、書いている理論が難しいからではない。例えば韓国と北朝鮮のとんでもない格差の原因は、北朝鮮では一部エリートが政治権力を独占していて私有財産権が認められていないからだとか。面白いけど、高校生程度の世界史の知識は必要かもしれない。

などと言っているうちに、つい先日、韓国の大統領が突然夜中に非常戒厳を発令していて何のこっちゃみたいな話になっている。そもそも軍隊も警察も真剣に従わない。しかし、同じ話が中南米とかアフリカとかで発生しても、そんなに驚かない。この違いは民度がどうとかいう話ではなく…という話はこの本を読んだ人と語る話だ。最近ダボス会議でのアルゼンチンの大統領の演説もだいたいこの本の路線に乗ったものだっただろうか。

面白くてわりと一気に読んだ本だった。あまり大風呂敷系のタイトルは読まないけど、この著者については読んでいってもいいかもしれない。

Crown Currency (2013/9/17)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0307719225

2024年11月23日土曜日

Arthur Conan Doyle "The Valley of Fear" [恐怖の谷]

The Valley of Fear (Amazon.co.jp)

ホームズの四つの長編のうち最後のものだが、これなあ…。まあ退屈はしないし一気に読んだが、人気のないほうの作品だろう。ネタバレは避けるが、犯罪の背景が巨大なのはたまにあることで、前半がホームズの推理パート、後半は別の主人公が活躍する。さらにEpilogueがある。

前半部分についてはそもそも事件自体が粗い。後半については、少なくともわたしには最初からネタがだいたい分かったし(前半を踏まえたら分かりそうなものだ)、全く意外性がない。特に主人公が勝ち誇るクダリなんか読んでいられないところがある。ずっと一体何を読まされているんだとずっと思っていたが、意表をつかれたという感想の人も多いようなので、人それぞれかもしれない。

しかし、その点を別にしても、特に後半、愉快な話ではないし、推理小説というよりはそれこそdime novelみたいに思える。最後も後味がよくない。こんなEpilogueを書く必要があったかね。ずっとホームズを発表順に読んでいるが、気を取り直して後二冊。

Flame Tree Collectable Classics(2023/6/27)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1804175606

2024年11月19日火曜日

Earl Conee, Theodore Sider "Riddles of Existence: A Guided Tour of Metaphysics" [存在の謎:形而上学の案内付き旅行]

 Riddles of Existence (Amazon.co.jp)

目次:1. 人の同一性 2. 運命論 3. 時 4. 神 5. なぜ無でないのか? 6. 自由意志と決定論 7. 構成 8. 普遍者 9. 可能性と必然性 10. 倫理の形而上学 11. 形而上学とは何か? 12. 超形而上学

タイトルと目次から明らかなように、形而上学の入門書。個人的には散々読んでいる話で、今更なんでこんな本を買って放置していたのか忘れたが、改めて読むと面白いというより懐かしい。この本については分析哲学の流れの中にある本の通例で、特に読むのに予備知識は必要ない。ただ、相当の論理的思考力と、それを無駄遣いする覚悟が必要だ。

個人的にはこういうのはもう、現実の真理について考察しているというよりは、人間の思考の構造について調べているような気がして、そこまで微細な議論を追い求める気もあまりない。最近は脱構築なんて流行らないのかもしれないが、結局、人間の考えることなんか厳密化していくと大体自己矛盾に陥って、それも言葉というものの本性上仕方がないのではないかとか、そんなのがわたしの今の気分だ。

Oxford Univ Pr; New版 (2015/2/4)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198724049

2024年11月14日木曜日

Jean Servier "Les Berbères" [ベルベル人]

Les Berbères (Amazon.co.jp)

ベルベル人と言われても何のことか分からない人も多いと思われるが、フランス語やフランス文化を学ぶ人は「マグリブ」という謎の地名と共に必ず聞く話である。大雑把にはマグリブとはアフリカ北部の地中海沿岸地域で、ベルベル人は主にその辺りに住んでいる民族ということになるだろうか。ただ漠然とした印象では、当人たちがあまり民族という概念を尊んでいる感じがないし、あのあたりの通例で部族という概念のほうが強いのだろう。だいたいがイスラム教徒で、ベルベル諸語と言われるような言葉が話されていたりする。…というくらい。

で、正規のフランス語のコース教材みたいなを勉強していると、このマグリブとかベルベル人という概念がやたら出てくる。一応「先住民族」みたいな扱いもあり、「多様性を尊重する」とかいう流れの中で、公式な出版物ではかなり紙面面積を取る。本人たちがあまり民族性を主張していないのに、フランス政府が無理矢理一つの民族という枠にハメている感じは否めないが…。とにかく、今の価値観が「全人類を対等の権利を持つ民族集団に区分して各集団に平等にリソースを割り振る」ということになっているから仕方がない。

そういう背景があって、フランス文化の勉強をしているとあちこちで散発的にマグリブ文化の話を聞かされるが、結局ベルベル人というのが何なのかということになるとまとまった記述がない。あるとしたらこの本が第一と思われる。この本自体は教科書的というか公式的で読み物としてそんなに面白くないと思うが、散発的に聞いている話がまとまる感じはある。

QUE SAIS JE (1 mars 2017)
Langue ‏ : ‎ Français
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-2130792833

2024年11月3日日曜日

Jeff Kinney "Diary of a Wimpy Kid #19: Hot Mess" [軟弱な子供の日記#19:大混乱]

Diary of a Wimpy Kid #19 (Amazon.co.jp)
グレッグのダメ日記19(Amazon.co.jp)

一応ユーモア児童書扱いでポプラ社は翻訳を続けるようだ。世界的には売れている本だが、日本でも売れているのだろうか。一応各巻独立に読めるが、順に読むに越したことはない。この19巻は祖母の指令で母の姉妹たち及びその子供とかとビーチに泊りがけで行く話。この巻は低調だったような気もするけど、わたしの個人的な問題かもしれない。わたしは親族と言う概念があまり良く分からない。親族がいる人にはリアリティがあるのかもしれない。あと、だいたいオチが読めていたのもしんどかったか…。今回も犯罪すれすれという話もある上に、わたしから見ればグロ過ぎるように思える話もあるが、やはり個人的な問題かもしれない。

それはそれとして本の内容と別の話だが、この本は入手に手間取った。まずAmazon.co.jpに予約していたのが発売前から勝手にキャンセルされる。何度問い合わせてもまともな返事が来ない。割が合わないから入荷するのを止めたのだろう。随分前に予約して円安が進行したせいもあるかもしれない。楽天ブックスは表示されている値段が安いだけで、実際には商品が確保されることはない。一か月くらい経ってから「確保できませんでした」とかいうメールが来るだけだ。どっちにしろ不誠実だ。丸善は在庫が出ない以前にタイトルがヒットしない。多分システムの問題で店頭で調査すればまた違うかもしれない。結局、紀伊国屋書店に店頭在庫があり、確保した上で買いに行った。

  • ヨドバシ.com…新刊和書なら一番割安で住んでいる場所によっては配送もスゴく速い。ただし、すぐに品切れになる上に洋書は不可。
  • Amazon.co.jp…わりと万能だが、そんなわけで最近紙の洋書の入手が悪くなっている。発注を受けてから他のサイトを調べるだけの出品者が多い。どうしてもならAmazon.comとかAmazon.fr。
  • 楽天Books…発注したことは何度もあるが、届いたことは一度もない。新刊和書ならいいのかもしれない。
  • 丸善ジュンク堂…個人的に近所にあるし、店頭在庫が多いが、そんなわけでWebで見えないことがある。高い感じはある。
  • 紀伊国屋書店…大手取次でない出版物や海外取り寄せで結構使っている。信頼できる。

Harry N. Abrams (2024/10/22)
言語 :英語
ISBN-13 : 978-1419766954

2024年10月27日日曜日

T. Edward Damer "Attacking Faulty Reasoning: A Practical Guide to Fallacy-Free Arguments" [誤った推論を攻撃する:誤謬のない議論のための実践手引き]

Attacking Faulty Reasoning (Amazon.co.jp)

目次:1. 知的行動の規範 2. 議論とは何か 3. 良い議論とは何か 4. 誤謬とは何か 5. 構造規準を犯す誤謬 6. 関連性基準を犯す誤謬 7. 許容性基準を犯す誤謬 8. 十分性規準を犯す誤謬 9. 反論性基準を犯す誤謬 10.論述文を書く

まともな議論をするためのガイドブック。大学の講義の一年分の教科書だろう。定評があるようでわたしが読んだのは第七版だ。グループワークみたいなのも各章ごとについている。最初の方はわりと形式論理学寄りだが、後半はより広く例えば「人格攻撃」とか「ギャンブラーの誤謬」みたいな非学術的な話が増える。誤謬を相手に対して指摘する方法などもわりと記述されており、その意味では論理学の本というよりは実践ガイドである。ディベートなどに有用だが、実際にはこれくらいのことは大学一回生で全員履修したほうがいい。社会科学に比べれば、数学や物理学は極めて原始的な論理しか使わないが、にしても政治経済その他日常生活で論述したくなることもあるだろうし、その時に欠陥だらけの論述をするようでは格好がつかない。実際そんなことも多いし…。

だいたいがわたしは理屈っぽいと言われるほうで、この類の本は昔は大量に読んでいた。色々考えることについては今でもしているが、もう他人の誤りを指摘するような用事からは長らく離れている。結局、人は誤りを指摘されるのを好まない。だったら自分でこの類の本でも勉強して自分で自分の誤りを発見できるようになったほうがいいと思うが。

この本が必修になれば、議論をする時に「それはundistributive middle termだね」などと捗るような気もするが、そんな世の中は来ないし、そうなったところで本当に捗るのかどうか不明だ。この類の本を読む人はそもそも議論の価値を重く見過ぎている気もする。純粋に仮想の話だが、「憲法二十四条が同性婚を認めているとは考えられず、基本的人権に反するのなら憲法のほうが間違っているので憲法を改正するべきである」などと言い始めたとしても、論理的な反論より現実的というか政治的と言うか暴力による反論のほうが大きすぎてほぼ無意味かと思われる。「インフレが厳しいからといって補助金を配っていたらますます円安になってさらにインフレが加速する」などという論理で政治が動くだろうか。しかし、この例については思考に論理的欠陥がないことが個人の利益に直結しかねない。

というわけで、わたしはこの本が想定しているような討論的な意味での論理的議論には悲観的だが、それにしても自分の判断を誤らないためにだけでも、こういう勉強は全員必修だと思っている。分厚いと言う欠点はあるが、さしあたりこの類の本の中では最高峰ではないだろうか。まあ自己啓発書のコーナーには「論理トレーニング」的な薄い本もよくあり、ああいうのでも読まないよりいいと思うが。

Wadsworth Pub Co; 第7版 (2012/1/9)
言語 : 英語
ISBN-13 : 978-1133049982

2024年10月21日月曜日

Arthur Conan Doyle "The Return of Sherlock Holmes" [シャーロック・ホームズの帰還]

The Return of Sherlock Holmes(Amazon.co.jp)

これも面白かった。内容は詳しく書く必要もない。死んだはずのホームズが復活してまた活躍する短編集。といっても一応また引退するような感じになっている。書き方がどんどん近代化していく感じはあるが、安心して読んでいられる。ホームズ作品を読む人は、まずホームズという人物像が好きなんだと思うが、わたしはあまりそういう感じではない。ただまあ、Baker Streetのアパートに貴人が訪れる図はカッコいいかなあと思い始めた。発表順に読んでいくと次は恐怖の谷。

Independently published (2022/7/20)
言語 : 英語 ISBN-13 :979-8841602958

2024年9月18日水曜日

Arthur Conan Doyle "The Hound of the Baskervilles" [バスカヴィル家の犬]

 The Hound of the Baskervilles (Amazon.co.jp) / バスカヴィル家の犬(Amazon.co.jp)

推理小説だしネタバレになっても詰まらないから内容は詳しく書かない。ここまでホームズをだいたい発表順に読んできて、わたしとしてはこれが一番面白いように思うが、一般的にはそこまでは人気はないようだ。最大の理由はホームズが出てこない部分が長すぎるということらしいが、一つには、舞台となる荒野/湿地帯/新石器時代の石造りの家々を思い浮かべにくいからだろう。この点については日本人だけでなく英国人にとってもあまり変わらないのかもしれない。ただし、わたしはここまで大量にWooden BooksでUKの新石器時代の遺跡と荒野を見てきたから、問題にならない。名作だった。

SeaWolf Press (2018/10/22)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1949460513

2024年9月11日水曜日

Marlene Zuk, Leigh W. Simmons "Sexual Selection: A Very Short Introduction" [性淘汰:非常に短い入門]

Sexual Selection (Amazon.co.jp)

目次:1. ダーウィンのもう一つの大きなアイデア 2. 配偶システム、誰と誰がどれくらい長く 3. 競争者の中から選ぶこと 4. 性的役割とステレオタイプ 5. 交尾の後の性的淘汰 6. 性的対立 7. 性はどのように種を存続させるか 8. 結論、ここからどこへ

性淘汰の動物博物誌という感じ。素人の想像以上に色々なパターンがあって、それはそれで楽しい。ヒトで言えば「どういうのがモテるか」という話だが、結論から言うと、そういう話はよく分からない。それ以前に動物でも「なぜその特徴を持っているとモテるのか」ということが分からないことが多過ぎる。たとえば、どう考えても生存に不利な特徴を持っているオスがメスに選好される種があったとして、人間が理屈をつけるとすると「そのようなどうでもいい特徴に資源を割り振れるだけの余裕があると見なされるから」とかいうことになるが、仮説でしかない。その後その特徴が実は生存に有利なことが判明するかもしれない。この本でも色々な現象について色々な説明が試みられるが、話半分というところだろう。もちろん、そういう話半分な話が好きな人には色々面白いと思う。

‎Oxford Univ Pr (2018/11/1)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198778752

2024年8月8日木曜日

Hamish Miller "Dowsing" [ダウジング]

Dowsing (Amazon.co.jp)

わたしは超常現象とかが好きなので知っているが、普通の人は知らないものだろうか。ダウジングとは手にもった棒や振り子の振れで、地下にある物体を検知する技術である。ドラえもんのわりと初期のほうの話であったと思う。正直なところ、Wooden Booksにしても、オカルトにもほどがある。本書によると歴史は相当古い。具体的な方法も書かれているが、これ、本当に真に受けて子供たちがやって楽しめるのかなあ…。最後のほうは道具すら使わず、素手でなんか地球のエネルギーを感じるとか、当然leyとかearth gridsとかよくわからない領域に突入しており、いやまあ、確かにそんな感じの大人も多いが…。そして、この本の評判が非常に良いという事実があり、世間では必要とされているんだろう。何にしろ、聞いたことがないのなら知っておいたほうがいいし、この本も悪くないのかもしれない。ストーンヘンジの上でこんなことをしていたら笑われるのか、それともそんな人はよくいるのか。

Wooden Books (2007/2/14)
言語 : 英語
ISBN-13 : 978-1904263531

2024年8月7日水曜日

Jason Martineau "Love: The Song of the Universe" [愛:宇宙の歌]

Love (Amazon.co.jp)

タイトルはさておいても始まりが"What is love?"とかいうヤバい始まり方で、OEDによればとかいう話にならないのは僥倖だったかもしれない。中身はというと、色々回り道をしつつ結局男女の話で、いろんな神話や文学や芸術を適当に拾っている感じ。エロい話も少なく、人文エッセイみたいな。趣味が合うかどうかだろうな。一般に評判はいいようだ。わたしはというと恋愛小説を回避する人種だが、ちょっとはこんな分野も見て行かないと古典絵画とか見れないよなあ…くらいの気分で眺めているくらい。

Bloomsbury Pub Plc USA (2014/12/30)
言語 : 英語
ISBN-13 : 978-1620402566

Jewels Rocka "Divination: Elements of Wisdom" [占い:知恵の要素]

Divnation (Amazon.co.jp)

色々な占いを集めた本。日本からは九星気学とかいうのがエントリーしている。わたしはカレンダーに六曜が書いてあるのもウザいと思っており、天気を占うのにネコの行動を観察するより天気図を用いるタイプだが、それはそれとして、こういう知識がないと読めない西洋の小説などもある。体の痒い所占いに至っては冗談たど思われるが、子供の頃に読んでいたら楽しかったかもしれない。

Wooden Books (2021/3/8)
言語: 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1904263845

2024年8月6日火曜日

Alec Thompson "Daydreams & Thought Experiments" [白昼夢と思考実験]

Daydreams (Amazon.co.jp)

最初のほうは白昼夢というか楽しい妄想みたいな話だが、メインになるのは特に「テセウスの舟」や「トロリー問題」など英米哲学で問題になるような思考実験のコレクション。最後のほうは「シュレディンガーの猫」とか「サスキンドの象」というような物理学の話。合間には禅の公案まであり。わたしとしてはあまり知らない話は出てこないのだが、多くの人にとっては初耳な話も多いだろう。聞いたことがあっても楽しめる。一つにはイラストがいい。これは無限に時間をつぶせるので、翻訳して新幹線の駅の売店にでもおいておくべきだと思う。あまりちゃちな装丁にしてほしくないが。良い本だ。

Best book for a long travel.

Wooden Books (2023/10/15)
言語 : 英語
ISBN-13 :978-1907155550

2024年7月16日火曜日

E. M. Cioran "De l'inconvénient d'être né" [生誕の災厄]

De l'inconvénient d'être né (Amazon.co.jp)
生誕の災厄 (Amazon.co.jp)

この著者の作品としてはHistoire et Utopieに続いて読むのは二冊目だが、多分これ以上読まないな。これは断章集ということで、読みやすいと言えば読みやすいが、ひたすら愚痴がならんでいる。生まれるより生まれないほうが良い、という考え方は東洋では普通だし、この本も頻繁に仏教に言及するが、西洋の思想の流れでは、こんなに攻撃的になるしかないのだろうか。著者には仏教だけでなく、無為を良しとする老荘もしっかり読んでほしかったところだ。なかなか我々日本人みたいにスムーズに理解できないのかもしれないが。

この著者の中核となる思想は「人間のやることは最終的にはすべて人間に刃向かってくる」みたいなことだと思われ、その件について具体例を詳説するのはほかの著述でやっているんだろう。別にそれはいいが、東洋では「だからバカバカしいことをしないで、のんびり生きましょう」とむしろ明るい話になる。この著者がやたら攻撃的になるのは、一つにはまだナチスの災厄が生々しかったり共産主義の災害が明白になった時代背景のせいだろうか。しかし、そのわりには愚痴が個人的である。何かを断罪するには、何かの判断基準を持っている必要があるが、この人が何を基準に文句を言っているのか謎だ。結局ニーチェ的というか、西洋哲学が約束した明るい未来が基準なのだろうか。それに現実が見合わないとか内部矛盾があると文句を言うのは、不毛かもしれないが一応筋は通っている。

そのニーチェについて著者は、「偶像を破壊したが別の偶像を建てた」みたいなことを言っていて、これは御尤もな話だ。時々こういう良いことを言うし、人それぞれこの本から拾うところはあると思う。日本語訳もあることなので、特に反出生主義を極めたいムキには必読書かもしれない。

Editions Gallimard (1 janvier 1987)
français

2024年7月14日日曜日

Marya Schechtman "The Self: A Very Short Introduction" [自己:非常に短い入門]

The Self (Amazon.co.jp)

目次:1.形而上学的自己 2.他の誰かになること 3.自分自身であること 4.満ち欠けする自己 5.分裂し混乱する自己 6.身体化された社会的自己

第1章は、よくある「原子レベルで人を分解して遠方の惑星にそいつを再現したら、それはは元のそいつと言えるのか」みたいな話。第2章は比喩的な意味で「別人になった」みたいな話。第3章は洗脳やら社会的偏見に抵抗して言われる「Be yourself, no matter what they say」みたいな話。第4章は子供や老人性痴呆みたいな話。第5章は精神病の例。第6章は生物学や社会的に構成された自己の話。

読むのにかなり時間がかかった。実はわたしとしてはそんなに斬新な話はなかったように思う。わたしにとってテーマの根本は第一章で、たとえば心と体が入れ替わったらみたいなよくある議論。そこからすると、残りの章は余計な回り道のような気もするが、それぞれ面白い話もあるし、第一章のテーマを再考するきっかけにもなるかもしれない。個人的には、生物学、特に免疫系の自他識別が上昇していって神経レベルで表現されたのが自己だとかいう説は斬新だった。

後はわたし自身の考えだが、「自分」というのは要はヒトという動物種で個体間の関係を調整するために必要な概念というだけで、別に実体があるわけじゃないし、必然的に「自分」という言葉がどういう風に使用されているかの研究になるしかないだろうとは思っている。本書で語られているような精神病理の例を見ると、概念の混乱が生物学的な振舞にまで影響することもあり得るんだろう。…というくらいに思っているが、今後の研究の進展によってはまだ分からないけど、この話で良く出てくる脳梁切断の話とか、どこまで真に受けて良いのかとも思う。

Oxford Univ Pr (2024/6/28)
言語 : 英語
ISBN-13 : 978-0198835257