2026年4月29日水曜日

Antoinette Burton "Gender History: A Very Short Introduction" [ジェンダー史:非常に短い入門]

Gender History (Amazon.co.jp)

ジェンダー史というよりジェンダー史史というべき。VSIはたいてい序盤にその学術分野の歴史が振り返られるが、この本については最後までその調子で、ジェンダー史の具体例は薄い。

それも分からなくはないというのは、最近、そもそも歴史というジャンルが何なのかと思うからだ。わたしの考える大雑把な世界観では、まず事実、次にそれを反映した史料があり、歴史家はその上で真相を暴いていくのか物語を作っていくのか。どちらにしろ、「単に面白い」ということもあると思うが、「現在の政治に影響を与えよう」という意図もありえるところだ。

で、ジェンダー史という分野が後者に傾きがちなのは別にいいとして、この本の主題はそれそのものというより、「ジェンダー史という分野の存立自体についての政治学」みたいなことになる。それも主に一般社会・政治からの賛否というより、学者同士の抗争みたいな歴史で、かなりこの分野にコミットしている人にしか価値の分かりにくい本である。

たとえば女性史がジェンダー史に進化したとかいう単調な世界観をこの本は拒否するが、しかし他の人種やマイノリティ問題とかと統合されたり離反したり、複雑なことだ。結局のところ、歴史自体が歴史的産物であり、当時と違う価値観で過去を眺めれば、どんどん歴史も変わっていくのだろう。変わった結果の歴史について書いた本ではなく、その変化の試みの歴史という。どのみちマニアックな本であった。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2024/7/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0197587010

2026年4月28日火曜日

Dane Kennedy "Decolonization: A Very Short Introduction" [脱植民地化:非常に短い入門]

Decolonization (Amazon.co.jp)

目次: 1. 脱植民地化の波 2. 世界の戦争の植民地への帰結 3. 無秩序化する世界と再秩序化 4. 民族国家の問題 5. 帝国の継続性と忘却の政治学

ほぼ全世界を取り扱っており、世界史の復習という感じ。戦争ばかりなのでうんざりするが、特に変なことは書いていないと思う。わたしは学校で真面目に世界史の勉強をしていないので、こういう本の積み重ねで世界史の知識が構成されている。

普通、脱植民地化というと、第二次大戦後の世界各地のドタバタを言い、この本でもその部分は大きな面積を占めるが、それがすべてではない。この本の構成としては、第一波:アメリカ・ハイチの独立から始まる南北アメリカの独立。第二波:第一次世界大戦後の中東欧。第三波:第二次大戦後。第四波:ソ連邦崩壊ということになっている。

日本も植民地を持っていた側なので、日本の記述も相当あるが、世界レベルで見れば小さい。むしろ欧米列強が東アジアに持っていた植民地をぶち壊してしまったニュアンスが強いのは、そもそもこの本がイギリスの本なので当然ではある。特に斬新な洞察などがあるわけではないが、イギリス的には、イギリスの植民地からの撤退がそんなスムーズでなかった、というのが一つの論点らしい。こういう本は、そもそも「怒りたい人」が読みがちだが、普通に世界史の復習として有効だ。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2016/5/2

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0199340491

Bence Nanay "Aesthetics: A Very Short Introduction" [美学:非常に短い入門]

 Aesthetics (Amazon.co.jp)

目次:1. 美術館で迷子 2. セックスとドラッグとロックンロール 3. 経験と注意 4. 美学と自己 5. 美学と他者 6. 美学と生活 7. 世界の美学

VSIにありがちな大学で教えるような美学の概説ではなく、著者が自分の穏当な考えを書いたようなエッセイという感じを受けた。この類の本は、中心的な主張というよりは、例示される個別のエビソードのほうが面白いのが通例だ。例えば著者は一時期映画評論家だったらしいが、要はあれこれ批評文を書く前提で映画を見ると楽しくないとかで辞めたとか、まあありそうな話だ。美術館にデートに行って雑談のネタになるというくらいの話。

というようなことだが、そもそも「美とは」みたいなことについて、それほどハードな議論はされていない。もしそんなことをしていたら、英米哲学にありがちな「常識の擁護」みたいなつまらない話になるだろう。といっても大陸哲学みたいに「美は無関心でなければならない」みたいな定義にも踏み込まない。権威主義に対する警戒(成功しているかどうかはともかく)はこのジャンルの定例だ。生物学に還元する話もない。強いて言えば社会学や心理学が強い感じはあるが、そもそも何かに還元しようとする気も薄いようだ。そうするとやはり雑談エッセイ…。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2020/1/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198826613

2026年4月8日水曜日

A. W. Moore "Gödel's Theorem: A Very Short Introduction" [ゲーデルの定理:非常に短い入門]

Gödel's Theorem (Amazon.co.jp)

目次:1. ゲーデルの定理とは何か 2. 公理化:その魅力と要求 3. 歴史的背景 4. ゲーデルの定理に関わる主要概念 5. ゲーデルの定理の対角線証明 6. ゲーデルの定理の第二の証明とゲーデルの第二定理 7. ヒルベルトプログラムと人間の知性とコンピュータ 8. 数学において、そして数学を理解すること 付録:ゲーデルの定理の証明の概略

本書はゲーデルの定理の紹介ではあるが、本文で実際に定理を証明しており、完全に数学書と言ってよい。VSIには数学のカテゴリに属するタイトルがいくつかあるが、たいていは数学の特定分野の概略を説明しているだけだ。その中で本書は異色と言える。

そもそも数学の定理の証明は、専門の数学者でも、自分の専門分野でなければ概略を知っている程度で、最初から最後まで隙間なく追っているわけではない。だから、本書でゲーデルの定理が証明されていると言っても精粗の程度がある。しかし、この本の内容を完全に理解していれば数学科の学生だとしても「よく勉強しているね」と言ってもらえるレベルだ。必要となる基礎知識は高校生程度で十分とされている。日本なら中学生程度かもしれない。もしも本当に隙間なく定理の証明を書いた本があったら、相当分厚い本になるだろう。

一応、本書に即して雑に内容を言ってみる。それこそ数学の人に怒られそうだが、本書が出発点として示している表現と大差ないはずだ。

極めて雑に言えば:

・ゲーデルの定理は「真実の文をすべて証明でき、しかもウソの文は証明できないようなまともな自然数公理系は存在しえない」と言っている。

・ゲーデルの第二定理は「真実の文しか証明できないまともな自然数公理系は、自分が無矛盾であることを証明できない」と言っている。

その証明を雑に言えば:

・前者については、まともな公理系の言語なら『この文は証明できない』と書くことができる。この文が証明できるなら、公理系はウソを証明できることになる。この文を証明できなければ、公理系は真実の文を証明できないことになる。Q. E. D.

・後者については、さっきの証明により、まともな無矛盾な公理系なら文『この文は証明できない』は真である。しかし、無矛盾であることが証明できるなら文『この文は証明できない』が証明できることになってしまい、矛盾が発生する。Q. E. D. 

注意深い人なら、以上の説明でも、真という概念と証明可能という概念が混乱しているのに気が付くだろうし、公理系の内部の話と、公理系を外から見ている視点が妙に連続しているのにもひっかかるだろう。だいたい、どうやってそんな自己言及文が算術的に構成されるのか。そういうのを一つずつ詳細化していくのが本書の本体だ。

その自己言及の重要箇所だが、ゲーデル数を確立するのはいいとして(本当はそんなに自明でもないが…)、本書の証明は標準的な証明と異なり、対角線論法が中心になっている。ここでわたしは相当引っかかったが、本書では結局、理論が"sufficiently strong"という以上の説明はなされない。引っかかった部分は別途調べて一応納得したようなことだが、人によっては別の場所に引っかかるかもしれない。しかし、数学書を読むというのはそういうことなんだろう。最初にも言ったが、数学者でも自分の専門でもなければ隙間なく精密に証明を確認しているわけではない。つまり、こんな読み方になっている時点で、この本は数学書なんだろう。

本書の本体についてはそんなことだが、他にも歴史的背景や哲学的な考察も含まれている。ただ、個人的にあまり興味がないというのもあるし、本書でも述べられているが、定理自体をしっかり数学的に理解すれば、ひと昔前のPop mathみたいな煽情的な騒ぎ方もする必要がないはずだ。この本については、そういう方向でゲーデルの定理に興味を持っているかどうかとは無関係に、まず数学的に何が行われているのかを知りたい人向けと言えるだろう。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ (‎2023/2/23)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0192847850