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2025年5月27日火曜日

Penelope Gardner-Chloros "Bilingualism" [バイリンガル]

 Bilingualism (Amazon.co.jp)

目次:1. なぜバイリンガルが重要か 2. バイリンガルになること 3. バイリンガルの経験 4. バイリンガルの認知 5. バイリンガルの脳 6. バイリンガルの発話 7. 筆記におけるバイリンガル 8. バイリンガルの過去・現在・未来

著者は欧州議会のプロの通訳だったりするらしく、単なる学者ではない。また、バイリンガルに関する研究をまとめている部分もあるが、かなりの部分が著者自身の調査に基づいている。このブログで紹介しがちな特定の学問分野への入門書とはちょっと違う。

最初のうちは政治的な話。二つ以上の言語を話せるのが脳に良い/悪いという議論は、移民差別、border controlなどと密接に関わっている。Political Correctnessは別とすれば、果たしてバイリンガルは認知機能や幼児の発達に良いのかどうか。この件について著者は極力科学的なエビデンスを参照しようとしているが、結局のところ、確定的な結論を引き出すほどの研究結果がないようだ。はっきりした利点としてもちろん単純に色んな言語を使う人と話せるとか、老人性痴呆に対して明らかに抵抗性があるとかはあるが。

この本の真ん中あたりの結構な部分が、バイリンガルのリアルな経験を説明しているが、要はバイリンガルの経験する世界をモノリンガルに対して説明しているようなことで、我々としては当たり前のことしか書いていない。しかし、確かにこの類の質問はよく受ける。誰でも「頭の中は何語なんですか」という質問を食らったことがあるだろう。酷い場合は「頭の中は関西弁なんですか」みたいな質問を受けることすらある。説明に困るが、我々としては別に重要な質問とも思えない。この類の質問がある人はこの本を読んだほうがいい。そんな人がこのブログを読んでいるとは思えないが。

このあたりまでは一応、科学的というか中立的っぽい記述がされているが、最後のほうはもうはっきりpro-bilingualismである。英語至上主義に反対したりしているのは、結局、英語圏が念頭にあるからなんだろう。別にそれ自体はわたしも反対する理由がない。

結局、この本のせいではないが、バイリンガルについてはたいして科学的知見がない。そして少なくとも日本ではバイリンガルを差別する勢力は少ない。いることはいるけど、大半の人は、話せる言語は多いに越したことはないくらいに思っているのではないか。これ以上この件について調べても、政治的にはともかく、少なくとも科学的にはあまり面白い知見は出てきそうにない。

The MIT Press (2025/2/4)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0262549431

2025年1月1日水曜日

Paul R. Rosenbaum "Causal Inference" [因果推論]

 Causal Inference (Amazon.co.jp)

目次:1. 処置により引き起こされる効果 2. 無作為化実験 3. 観察研究:問題 4. 測定された共変量のための調整 5. 測定されなかった共変量の感度 6. 観察研究の設計の中の疑似実験的手法 7. 自然実験と中断と操作変数 8. 再現性と解像度とエビデンス因子 9. 因果推論の中の不確実性と複雑性

統計的因果推論の入門書というか、理論的基礎を考える本。似たようなタイトルでThe Book of Whyという本もかなり前に読んでいて、それも統計的因果推論の入門書には違いないが、一応別方面の本だ。The Book of Whyは統計的因果推論の特定の手法、do-calculusを紹介して技術面にも入っているが、本書は古典的な推測統計学しか前提にしていない。あまり数式を使っていないのは、数式以前の世界だから。代わりに箱ひげ図が駆使されている。そして、わたしの意見では、統計的因果推論の原理的な話について、こちらの本のほうが面倒ではあるが、遥かに説得力のある議論が展開されている。

たとえば、こういう話で典型的に出てくるのが喫煙と肺がんの関係で、疑似相関の疑いをどう排除するかだ。The Book of Whyの場合は、確か「そもそもそんな大きな交絡因子は数学的に不可能」みたいな話だった記憶がある。あの本の読んで気になったのは、そもそも交絡因子として何を想定するかが不明ということだった。

本書の場合はもっと分かりやすい。本書の話を単純化すると、喫煙者の肺がんリスクが非喫煙者より9倍(一日二箱以上なら60倍)もある以上、これが疑似相関であると主張するには、喫煙者と非喫煙者の間に9倍(60倍)の差のある因子を発見しなければ説得力が弱い。

早い話が、喫煙者と非喫煙者の肺がんリスクが喫煙のせいではなく喫煙者の特定の遺伝子のせいであると主張するためには、喫煙してもしなくてもその遺伝子だけで肺がんリスクが9倍にならないといけないわけだ。そんな劇的な効果のある遺伝子が今後発見されるとは考えにくい、みたいな。もちろん今の話もさらに厳密に考えればという話はできるが、ここまできたら、因果関係を否定する側に立証を要求するほうが普通だろう。

というような話は一例だか、この類の話をこんな雑にではなく、冷静に一つ一つ議論を積み重ねている。ただし着実過ぎてムズい可能性はある。予備知識としては統計検定二級くらいの知識で十分だが、今くらい雑にまとめてくれる先生がいたほうが理解しやすいかもしれない。書き方の問題もあるが、議論がどこに向かっているのか分かりにくいかもしれない。その意味では数式は確かに少ないが、数学書を読むくらいの覚悟が必要だ。

The MIT Press (2023/4/4)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0262545198

2024年12月25日水曜日

Imari Walker-Franklin, Jenna Jambeck "Plastics" [プラスチック]

 Plastics (Amazon.co.jp)

目次:1. 導入 2. プラスチック製造と利用 3. 廃プラスチックを管理する 4. プラスチックゴミの発見 5. プラスチックに関連する化学物質 6. プラスチックの環境への影響 7. プラスチックの社会への影響 8. プラスチック政策 9. プラスチックの代替と介入

プラスチックの環境問題に関する解説書。高分子化学や石油化学工業の解説書ではない。ただし予備知識として、プラスチックの何が問題なのかを論じている部分を理解するためには、日本の高校程度の化学の知識が必要かと思われる。解決策について論じている部分については、そのような知識はあまり必要ではない。著者たちはこの問題が化学で直接解決できるとは信じていないようで、その方面に深入りしていない。

というのも、現状ではエベレストの頂上だろうとマリアナ海溝の底だろうと農産物だろうと人体の中だろうと、この惑星は既にプラスチックに汚染されきっており、仮にプラスチックが今すぐ全部生産停止になっても、今後数十万年は被害は出続ける。海岸や川で多少ゴミ拾いをしたところで、生産量が圧倒的過ぎて焼け石に水。ゴミを捨てるなとかいう道徳的キャンペーンで解決する社会問題なんか存在しない。どんなに気を付けてもプラスチックは環境に流れ出る。これらの手段が無意味というわけではないが、根本的に生産を規制する以外にないというのが著者たちの立場のようだ。ちなみにプラスチックの大半を消費しているのは包装であり、ここが主要なターゲットになるだろう。

しかし、この本の著者たちは知らなかったことだが、これから第二次トランプ政権が始まるというようなことで、状況は悪化している。著者たちはgreenwashを非難しているが、世界はwoke mind cultureにうんざりしている。環境問題に右翼も左翼もないはずだが、現実にはそんなことになっていない。

個人的に思い返すと、公害防止管理者試験で、騒音振動・大気一種・水質一種に合格したが、廃プラスチックとかいう話は記憶にない。そのうちプラスチック一種とかできるかもしれないが、結局、この本でも問題にしているように、プラスチック公害は基本的に消費者の責任にされていて、生産者は責任を逃れ続けている。

そんなことで色々考えさせる本だったが、この本は入口としてはいいけど、個人的にはもう少し化学工業について勉強していこうと思っている。

The MIT Press (2023/8/22)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0262547017

2024年12月22日日曜日

Howard J. Herzog "Carbon Capture" [炭素捕獲]

 Carbon Capture (Amazon.co.jp)

目次:1. 気候変動 2. 化石燃料 3. 炭素捕獲 4. 炭素貯留と利用 5. 実際の炭素捕獲 6. 負の排出 7. 政策と政治 8. 未来

タイトルの意味が分からない人が多いと思うが、要するに主に排気ガスから二酸化炭素を抽出して、大気中に放出せずにどこかに貯蔵する技術の解説。現実的には主に火力発電所やセメント工場などの煙道ガスからSOx・NOxなどを取り除いた後で吸収塔で二酸化炭素を吸収し、吸収した二酸化炭素は分離して地層処分することになる。初心者でも読めることになっているが、予備知識として基本的な化学工業の知識の他、火力発電所の仕組みを概念的にでも把握している必要があるだろう。

…と言っただけで、普通の人は色々な疑問が湧くのではないかと思う。①地面にCO2みたいな気体を埋めても漏れてくるんじゃないかとか、②CO2みたいな不活性な物質を分離するのは高価過ぎるんじゃないかとか、③そんなことができるんなら地球温暖化なんか簡単にキャンセルできるのに何でさっさとやらないのかとか。この類の疑問を持つ人なら読んで面白いのではなかろうか。

わたし個人としては、CCS(Carbon Capture & Storage)については公害防止管理者/エネ管/電験の勉強をしていた時に、時々情報は入っていた。と言っても、煙道ガス処理についてはSOx・NOx・煤塵が主で、CO2については煙道の前にそもそも発生を抑える話がこの類の技術の基本だ。そんなことでCCSの話が出てもあまり真剣に考えていなかった。実際、この本の著者も認めているように、最近あまり支持者のいない技術である。ただ、別に技術的に困難とか地球温暖化対策に対して無意味とかいうことではなく、単に政治的な理由による、という。

それとは少し違う話で、最近特に化学系の会社を調べていると、やたらアミンを全面に押してくる会社が多い。アミン類自体多様な用途があるが、一つには業界的にはCCSに未来を見ているのも理由らしい。煙道ガスからCO2を回収する方法は本書にも色々述べられているが、現在の主力はアミンを用いる方法で、煙道ガス中のCO2の90%以上を回収でき、回収されたCO2の純度は99%以上という。

というような話に興味を持てる人には良いCCS入門書だと思う。というか、これ以外に素人向けの本があるのだろうか。ところどころ書き方が整理されていないように見える部分もあるが、大した問題じゃないだろう。

出版社 ‏ : ‎ MIT Press (2018/8/17)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0262535755

2024年12月16日月曜日

Jeffrey Pomerantz "Metadata" [メタデータ]

 Metadata (Amazon.co.jp)

目次:1. 導入 2. 定義 3. 記述メタデータ 4. 管理メタデータ 5. 使用メタデータ 6. メタデータを使う技術 7. 意味論的ウェブ

ほぼ十年前の本だが、扱っている内容が基礎的というか原理的なので、あまり内容は古くなっていない。博物館員・図書館員その他データベース技術者がメタデータを実際に扱うための分厚い本は外にも新しい本が色々あるが、まともにストーリーとして通して読める本としては、多分これが今でも唯一じゃないかなあ…。

読むのに特に前提知識はいらない。Mona Lisaが例として使われるのはこの類の話の定例で、何らかのデータベースを使ったことのある人なら読めると思う。Dublin CoreとかRDFから順にPREMISやらMETSやらDTDやらXMLやらLinked Dataやらschema.orgやら。だいたい基本的なスキーマをその背景などから解説していて読み易い。とは言え、今挙げたスキーマを全く聞いたことがないという人がこの話を面白いと思うかどうかは保証できない。無関係な人はいないはずだし、ITリテラシという意味では必須科目だとは思うが、知らなくても生きていけることではある。

そういうことでは冒頭と最後にSnowden事件の話が出ているが、これが素人にも分かりやすく興味を引くかもしれない。ただSnowden事件自体が古いからな…。あと最後のSemantic WebとかAgent志向みたいな話は、さすがに十年前という気もする。Generative AIが発展する前の時代なので、今ならもっと違う書き様もあるだろう。ただし、繰り返すが、メタデータの必要性は今も昔も変わっておらず、今でもこの本が基礎を学ぶ最善の方法だと思う。世に出ている本の多くは技術的細部に入り過ぎていて、専門家用の辞書でしかない。

もちろん文書館員美術館学芸員その他、いわゆる大量の文化遺産を扱う人にとっては基礎知識なので、多分全員読んだほうがいい。そうなってくると、なぜこの本が日本語訳されていないのかのほうが気になる。こんな本が翻訳されれば最低でも全国の関係機関が一冊ずつ買うわけだから、確実に売り上げが計算できるように思う。古い部分は専門家がupdateの監修すればいいだろう。出版業界もチャンスを随分逃している、というか出版業界自体がメタデータに重く依存している業界なわけで、これくらいの知識は必須だ。

個人的にはもう少し実際のEuropeanaやDPLAの実装を見たいが、もちろんそういうのはこの本の視野を越える。実際には実装については日進月歩なので各機関のWebサイトにある仕様を確認するしかない。

出版社 ‏ : ‎ MIT Press (2015/11/6)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0262528511