2026年5月22日金曜日

Vaughan Lowe "International Law: A Very Short Introduction" [国際法:非常に短い入門]

 International Law (Amazon.co.jp)

目次:1. 法の下の国家 2. 国際法はどこから来るのか 3. 国際法を実施すること 4. 外部干渉からの自由 5. 国家の中の主権 6. 国際法が役立つこと 7. 国際法が酷いまたは全く役に立たないこと

かなり読み物として成立しているが、一応これは初学者向けの入門書で、普通に法学部でも最初の段階で使える想定のようだ。特に最初のほうは、どうも書き方に随筆感が強いようで、実は標準的な教科書として成り立っている。

国際法は法律の中でも考え方が独特で、そのあたりからしっかり始められている。国際慣習法から始まり、条約とか国際機関とかいうような成文になっている部分に進んでいく。自動的に歴史を振り返ることにもなる。文に彩があるのは別として、論旨は非常にわかりやすい。

一つ日本人として気になることがあるとすれば、国際法の初学者を対象にしているのは間違いないが、それにしても当然、多少国内法は学んだことがあるのが前提になっている。で、イギリスの本なので、その国内法というのが基本的にイギリス法だ。法律を学んだことのある人なら知っているはずだが、英米法と大陸法は体系が違う。彼らにとって、慣習法というか判例法の海の中に一部成文法がある事態は、特に抵抗なく学べる。あと、多分この本が出た当時はまだイギリスはEUだった。

最近は国際法と言うと、まずベネズエラの大統領誘拐、次いでイラン戦争でやたら聞くが、わたしとしては割と違和感のあるところだ。トランプが正義を念頭に行動していないのは明らかだとしても、では革命防衛隊がトランプよりマシと言えるのか。ベネズエラの国家主権とベネズエラ国民の人権とどっちが大切なのか。本書にもあるが、コソボで民族浄化が行われていた時に、外国がセルビア国内の問題に介入する国際法上の根拠なんかほとんどなかった。だからと言って、NATOは軍事介入しないほど非情な団体でもなく、その後、こういう場合の介入を正当化する根拠が整備されたようなことだ。

こういうところも、英米法と大陸法の考え方の違いがある気はする。わたしの感覚では、法的根拠があろうとなかろうと、殺人は阻止するべきだし、阻止を禁止するような法があれば、法のほうを整備するべきだ。どんな法体系でも、他者からの侵害を黙って甘受せよなどという義務を課す法はない。そんな法があれば法のほうが間違っている…。

などといろいろなことを読みながら考える。一つ日本では大きな話題になるのに、この本ではほぼ触れられなかったこととして、子供の親権の問題がある。日本で同じような本を書くと、かなり重大なトピックのはずだ。いわゆる国際私法みたいな分野は、話がテクニカルすぎるせいか手薄ではある。基本的には戦争を含む国家主権、さらに最近国際問題化されるようになった人権を巡る話が主だ。総合的に見れば、読んで良い本であった。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2016/2/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0199239337

2026年5月21日木曜日

Rob Boddice "Pain: A Very Short Introduction" [痛み:非常に短い入門]

Pain (Amazon.co.jp)

目次:1. 痛みの概念 2. 痛みと敬虔さ 3. 痛みと機械 4. 痛みと文明 5. 同情と思いやりと共感 6. 喜びとしての痛み 7. 現代医学と科学の中の痛み 8. 慢性的な痛み 9. 痛みの分化

麻酔については、かなり前に読んだAiden O'donnell "Anaesthesia: A Very Short Introduction"のほうが遥かに詳細である。本書"Pain"については、著者は歴史学者らしく、医学的記述や哲学的考察はほとんどない。西欧における痛みの文化誌というところ。だいたい想像がつくが、古代ギリシアとか、キリスト教とか、文化的社会的偏見とか…。まあ、痛みというものに対して抱いている観念を相対化するのには役立つのかもしれない。個人的にはあまりこの類の博物誌に感心しないのだが、時々面白い話もある。

特にわたしが注目する点としては、この本は一貫して心の痛みと体の痛みという二分法を拒否している。もう少し詳しく書いてほしいところだったが、単なる痛覚と簡単に言うが、想像以上に上位精神とか文化との相互作用があるらしい。一体、痛みとは、脳へのインプットなのか、脳からのアウトプットなのか。最近、アメリカでプラセボの鎮痛効果が向上しているが、プラセボに勝たないと新しい鎮痛薬は出せない。このため新しい鎮痛薬はほとんど市場に出てこない云々。こういう面白そうな論点はところどころあるのだが、全く表面的にしか記述されないのが残念だ。

しかし、こういうところが気になるのはわたしの趣味であって、社会史とか文化誌に興味の中心のある人たちはまた興味の中心が違うんだろう。ここまで色々な本を読んできて、そういうこともようやく分かってきた。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2017/10/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198738565

2026年5月20日水曜日

Michael D. Gordin "Pseudoscience: A Very Short Introductions" [疑似科学:非常に短い入門]

 Pseudoscience (Amaozon.co.jp)

目次:1. 境界問題 2. 痕跡科学 3. 超政治的科学 4. 「確立された」科学と戦うこと 5. 物質を超える精神 6. 論争は避けられない 7. ロシア問題

まず科学と疑似科学の識別が問題になるが、最初にポパーの反証主義がいとも容易く反駁されて、以後、特に識別基準は探求されない。関心はどちらかというと社会学的なほうに向かっていく。しかし、結局、著者の立場はあまりはっきりしない。確かに疑似科学と言っても、単なる詐欺と単なる間違い、廃棄された説への固執などいろいろあるが、科学・疑似科学の境界問題については、曖昧なまま終わる。

本書のポイントはそういうことよりも、要はいろいろ展示される歴史的な個別例が面白いということだろう。わたしも疑似科学は好きだし、このブログでも疑似科学に分類されるような本をかなり紹介している気がする。歴史を振り返って改めて雑誌「ムー」などを読むと理解が深まるかもしれない。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2023/4/27

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0190944421

2026年5月5日火曜日

Jennifer M. Gidley "The Future: A Very Short Introduction" [未来:非常に短い入門]

 The Future (Amazon.co.jp)

目次:1. 未来の3000年 2. 増える未来 3. 未来研究学界の進化 4. 水晶玉と空飛ぶ車とロボット 5. 技術世界か人間中心の未来か 6. 大規模な地球の未来の課題

半分くらいは未来学の歴史というか、昔の人の考えた未来みたいなことと、その考察。残り半分は現在の未来学の中身という感じ。この分野について詳しくないが、多分、この分野については標準的な教科書みたいに扱えるぽい。

未来学というのは特に今時の日本で流行らない。時々SF作家の集会とか賢人会議的なもので断片的にニュースがあるようなくらいで、それ以上詳しく見る機会がない。そもそも喫緊の課題がいくらでもあるし、結局目の前にあることしかできないし、結局予測は外れる。時々こういう超長期展望を話す人がいても、結局ふわふわした話しか出てこないのはこの本も同じだ。未来と言っても色んな分野があるが、各個別分野についてはあまり具体性がないというか、そもそも専門知識も薄いんだろう。想像とかフィクションが好きな人は楽しいかもしれないが、具体的な話が好きならビジネス書のコーナーに行ったほうがいいかもしれない。

まあそれでも、未来に人が何を投影しているのかとか、そこから何が読めるかという話なら色々ありそうだが、その方面も薄い。わたしの趣味からすると漠然過ぎる話だった。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2017/6/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198735281

2026年5月4日月曜日

Richard Whatmore "The History of Political Thought: A Very Short Introduction" [政治思想の歴史:非常に短い入門]

The History of Political Thought (Amazon.co.jp)

目次:1. 歴史と政治 2. 定義と正当化 3. 政治思想の歴史とマルクス主義 4. 政治哲学者と政治思想の歴史 5. ケンブリッジ学派 6. コゼレックと概念史 7. ミシェル・フーコーと統治性 8. グローバル性と道徳と未来

あまり標準的とは言えないが、著者の視点からの政治思想史。高校の社会科で習うような社会思想史や倫理学を想定するべきではない。普通なら出てくる名前の多くが全然出てこない。ただ、厚めに扱っている思想家、たとえばマルクスやロールズ、コゼレックやフーコーなどについては、まあそういうまとめ方もあるのか、と思うくらい。わたしもそこまでこの分野に詳しくないので何とも言えないが、入門書とは言えないかもしれない。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2022/2/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198853725

Katherine Hawley "Trust: A Very Short Introduction" [信頼:非常に短い入門]

Trust (Amazon.co.jp)

 目次:導入:朝食の席での信頼と不信 1. 信頼と不信とは何か 2. 信頼と信頼性がなぜ問題になるのか 3. 信頼と協力の進化 4. 金を持って逃げる 5. 正直と不正直 6. 知識と専門性 7. インターネットでの信頼 8. 機関と陰謀と国 結語:信頼に値することの重要性

かなりの部分が"trust"という言葉の日常的な使用法に関する記述で、また一般向け英米哲学書のこのパターンか、と思う部分もあるが、この本については少し事情が違うところがある。というのは"trust"が実際に重要な局面が日常にあふれているからだ。

例えば、「囚人のジレンマ」的な実験経済学の話などはどうでもいいと思うが、現実に信頼がないと商取引が成立しない。信頼される人でないと出世しない。この本で論じられているだけでも、SNSで知り合っただけの人をどうやって信頼するか。どうやって信頼できる医者や弁護士などを選ぶのか。科学と疑似科学をどうやって見分けるか。Wikipediaは信頼できるのか。他国が侵攻して来ないと信頼できるか。等々。

それぞれの話は別に面白くないが、著者が有名になったのは、trustをcommitmentに還元したせいらしい。わたしの理解では「相手の善意に身を任せるということではなく、相手が社会規範に従っていると判定すること」らしい。いつも通りcommitmentと言う言葉が日本語に訳しにくいが、要は「責任を問われる立場に自分を置くこと」なんだろう。この説では、信頼は、一対一の関係ではなく、広範な社会規範が前提になる。

もちろん、この説では、幼児が母親を信頼しているわけでないことになるが、わたしとしては、そんな言葉の定義をいじっても面白い話は出てこないと思っている。そもそも"trust"を「信頼」ではなく「信用」と翻訳すれば、「信じて用いる」のだから、話はもっと分かりやすい。乱暴に言えば、西洋と東洋の違いかもしれない。そもそも絶対的に孤独な自我から出発して他我とか神とかをどうやって信頼するかなどという問題の立て方が…。

というような話ならもっと面白いと思うが、そういうのはフランス哲学のやることであって、英米哲学ではない。一種の自己啓発書と思えば、面白いと感じる部分もあるだろう。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2012/9/8

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0199697342

2026年5月1日金曜日

Jack A. Goldstone "Revolutions: A Very Short Introduction" [革命:非常に短い入門]

Revolutions (Amazon.co.jp)

目次:1. 革命とは何か 2. 何が革命を引き起こすのか 3. 革命の過程と指導者と結果 4. 古代世界の革命 5. ルネサンスと宗教改革の革命 6. 立憲革命:アメリカとフランスと欧州(1830と1848)と明治日本 7. 共産主義革命:ロシアと中国とキューバ 8. 独裁者に対する革命:メキシコとニカラグアとイラン 9. カラー革命:フィリピンと東欧とソ連とウクライナ 10. 2011年アラブ革命:チュニジアとエジプトとシリアとイエメン 11. 最近と未来の革命

最初に革命にありがちなパターンが述べられているが、本書の本体は世界史の教科書から革命の部分を抜き出したような話。いろいろな革命がコンパクトに叙述されている。VSIの一つのパターンで、こういうのでわたしの世界史の知識が堆積していったところがある。特に斬新な話はないが、世界史の復習をしたい人、または何らかの理由で革命自体に興味がある人が読む本という感じ。日本で言えば歴史の好きな高校生くらいかもしれない。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr

発売日 ‏ : ‎ 2023/12/1

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0197666302

Thomas Dixon "The History of Emotions: A Very Short Introduction" [感情の歴史:非常に短い入門]

The History of Emotions (Amazon.co.jp)

1. 過去の鼓動 2. 悲しみの地図 3. 情念から絵文字へ 4. 恐怖と幸福の追求 5. すべての激昂 6. 愛を求めて

読書人のための読み物という感じだが、まずこの本を貫いているのは「過去の人や異文化の人に現代人の感情を当てはめていいとは思えない」という考えだ。かなり最近になってから流行りだした考え方で、感情が社会的構築物、教育によってインストールされるものという話の流れだ。

で、色々な最近の理論や、著者の専門である西洋の歴史からの様々なエピソードが紹介されたりする感じ。一つ一つの論評は面白いのだが、どうもわたしに刺さらないというのは、一つには結局のところ昔の人の感情を追体験するのが不可能でよくわからないからだろう。ので、個別例が積み上げられてもどうも「読み物」という感想にしかならない。あまり詳しくない人には、「この状況で持つべき感情はこう」みたいな固定観念が相対化されるかもしれない。

感情をいくつかの「基本感情」みたいなものとその混合として判別しようとする試みもあるが、多分、ホルモン的なレベルでも成功していない。極端な行動主義は研究放棄に過ぎない。ただ今のところ間違いないのは、感情が社会的構築物で、それが生理までかなり支配してしまうということくらいだろう。

個人的に、特にマンガ「キングダム」を読んでいてうんざりしたのは、現代日本の正社員みたいな価値観や思考を紀元前の中国人に投影し過ぎというだけでなく、「昔の中国人がその状況でその感情を持っただろうか」という疑問がありすぎて、あまり読む気がなくなった。

あと、わたしは感情がない人間みたいに思われがちだが、実際には感情がないわけでなく、ただ現代の常識的な日本人が想定する感情体系とかなりずれているんだろうなという気は常にしている。いろいろ思うことがあるが、この分野の進展待ちという感じ。

出版社 ‏ : ‎ Oxford Univ Pr1

発売日 ‏ : ‎ 2023/8/25

言語 ‏ : ‎ 英語

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198818298