2024年1月18日木曜日

Abigail Shrier "Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters" [回復できない損害:わたしたちの娘たちを誘惑するトランスジェンダーの流行]

少し前にKADOKAWAが翻訳書を出版しようとしていたが、どっかの団体の抗議を受けて出版中止になったという本。内容は要するに十代の女の子が希望したからと言って、簡単に男性ホルモン投与だの乳房切除手術するな/勧めるなということだ。

別に万民が読むべきとも思わないが、この本を翻訳出版すべき/するなとか騒いでいる人々の99.99%は実際にこの本を読んでいないだろう。翻訳出版してもこの状況がそんなに変わる気もしない。英語圏でもそんな感じらしいし。この記事にたどり着いた人のほとんども読んでいないし読みもしないだろう。わたしは一応読み終えはしたが、内容的にもそんなに面白いわけではない。ここで内容を詳しく説明して読んだ気になられても詰まらない。

ただ、印象として、書きぶりが戦闘的過ぎてその時点で引いてしまうところがある。考え方が一々保守的なのは間違いない。わたしは常に自由の側に立つ傾向があるので、外科手術なんかして仮に後で後悔しても本人の勝手では…などと思うが、まあそれはそれで極論なんだろう。入れ墨なんかより深刻な健康問題があるようだ。しかし、親の権利がどうとか、子供をSNSから引き剝がせとか、それもなあという。自由の側に立つ傾向のあるわたしとしては、翻訳出版中止もおかしいだろと思わなくもないが、現場ではそんなことを言っている場合ではないのかもしれない。

Regnery Publishing (2020/6/30)
言語: 英語
ISBN-13: ‎ 978-1684510313

Irereversible Damage (Amazon)

2023年11月19日日曜日

Jeff Kinney "Diary of a Wimpy Kid #18: No Brainer" [軟弱な子供の日記#18:簡単なこと]

随分評判が良いようだが、そこまでかなあ…というような。ここまでこのシリーズはスピンオフも含めて全部読んできていると思うが、このシリーズにしては低調なほうだと思う。主人公の通う公立中学校がどんどん貧乏になって、どんどん小銭稼ぎに走っていくみたいな話。もちろん面白いし退屈しないで一気に読んでいるが、これで絶賛されるというのは、一つにはそもそもGregの語り口が面白いのはあると思うが、何かわたしには欠けている感性があるのかもしれない。社会風刺と言えば褒め過ぎか。アメリカ人にとっては校長が商売人とか、金で生徒の待遇に差をつけるくらいのことは普通だろうしな…。

Funny enough, though this is not the best book of this series.

Harry N. Abrams (2023/10/24)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1419766947

2023年11月10日金曜日

Les Giblin "How to Have Confidence and Power in Dealing with People"[自信と力を持って人を扱う方法]

原著1956年刊の自己啓発書。内容はタイトル通りで、要は「相手の話を聞け(論破するな)」とか「相手を褒めろ」とかなんかそんなことで、はっきり言えばMachiavellian manipulationと言ったら言い過ぎかもしれない。わたしみたいに人づきあいが極端に少ない人間でも、まあそうだよねと思うところもあるし。それで思い出したが、Erving Goffmanというあまり面白くないカナダの社会学者がいたが、時代的にもそういうことだったのかなあとも思う。自己啓発の系譜として学校歴史でも習うような「自助論」(西国立志編)みたいな頃からは相当時代が進んでいて、Dale Carnegieよりも後だし、それよりは全然今時の本に近い。

A nice little reading.

Les Giblin Books(1956/1/1)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0988727533

2023年10月21日土曜日

Richard Earl "Mathematical Analysis: A Very Short Introduction" [数学的解析:非常に短い入門]

目次:1.無限を飼いならす 2.すべて変化…フェルマーとニュートンとライプニッツの微積分 3.極限へ:18世紀と19世紀の解析 4.計算機を信じるべきか 5.たくさんの次元 6.その曲の名前を当てます… 7.解析にiを入れる 8.しかしさらに…

タイトルが分かりにくいのはVSIの通例というわけではなく、数学で言うAnalysis[解析]という言葉が日常語と少し違うため。この本は要するに日本で言えば高2~大2くらいで習う微積分の概観。似たような本はいくらでもあるような気もするが、VSIということで一応読んでみた。内容的には普通の高校生ではちょっと難しいかもしれない。この類の洋書でよくある話で、三角関数や虚数も定義から話しているが、三角関数を知らないレベルの人がこの本を読み切れるはずがない。大学生、特にformalな教科書で微細な技術ばかり勉強させられてどこに向かっているのか道を見失っている大学生が最適な対象読者だろう。

第二章までは高校で習う程度の数学かもしれないが、既に第三章でテイラー級数とか偏微分方程式とかリーマン積分とか言っている。第四章は数値計算の話で、類書にはあまり見ない内容ではある。第五章は解析幾何学でベクトル場を扱う。第六章はフーリエ分析。第七章は複素解析。第八章はルベーグ積分とか確率密度関数などその他という構成。

個人的にはだいたい一通り勉強したことがあるような内容だが、まともに勉強すれば普通は数年かかる課程をこの薄い一冊に話としてまとめているので、話が荒いのは仕方がない。数式展開が長くなる部分はAppendixで説明されているが、素人のわたしから見ても、正直なところ全然足りない。VSIでも数学は何冊かあるが、特にこの微積分みたいな話は、学問というより技術なので、自分で手を動かさないと習得できないところがある。あくまでメインの数学書を読んでいる人の副読本みたいな感じだろう。何も知らない人が解析とはどんな感じだろうと思ってこの本を読んでも途中で分からなくなる気がする。そこまで親切な本ではない。

A great choice for bedtime reading for those who have previously studied mathematics at the university level.

Oxford Univ Pr (2023/9/22)
言語: 英語
ISBN-13:978-0198868910

2023年10月10日火曜日

Terry Pratchett "The Light Fantastic" [想像上の光]

Discworldシリーズの第2巻。このシリーズは順に読まないといけないわけではなく、基本的には各巻で完結しているが、この巻については先に第1巻"The Colour of Magic"を読んでおくべき。前の巻も一応完結してはいるが、この巻はそこから直接話が続いていて、主人公は相変わらずRincewind:the wizardとTwoflower: the touristさらにThe Luggageという謎の宝箱だ。第1巻の出版が1983年でこの第2巻は1986年。わたしはここの記録によると第1巻を読み終わってから一週間で読み終わったらしい。

前の巻は良くわからない落ちで、主人公たちはそこから回収されて、どうやって回収されたか謎のままだが、まあいい加減な話なんでどうにでもなるというような…。この時点では作者はDiscworldがこの先どんどん広がっていくとはまだ思っていない。前巻はRincewindとTwoflowerが火災保険のせいで大火事になった町から脱出して誘拐されたり逃げ出したりしていただけだが、この巻は世界の終わりとRincewind個人の人生がリンクしていて話はややシリアスである。最後はちょっと寂しいが、ある程度長い小説を読んだ時の常だ…。相変わらず特に中身はないが、久しぶりにちゃんと終わった小説を読んだ気がする。そしてRincewindもTwoflowerもいずれまた出てくるらしい。

Fantastic. Honestly, I like Twoflower.

Gollancz (2014/8/7)
言語: 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1473205338

2023年9月29日金曜日

Terry Pratchett "The Colour of Magic" [魔法の色]

1983年発表のイギリスのcomic fantasy。本書はDiscworldシリーズの第1巻ということになるが、シリーズはこの後40巻続き、全てベストセラーになり、映像化もされたようだ。

物語の舞台となるDiscworldは剣と魔法の世界で、あまり治安のよくない町にTwoflowerという能天気な観光客がやってくる。背が低くて小太りで眼鏡をかけていて(four-eyes)、首からカメラ的な物をぶらさげている。言葉が分からないが、話す時は会話集のような本を見て話す。これは当時の典型的な日本人観光客のイメージらしい。危機感もなく金をいっぱい持っているので強盗などに狙われることになり、当初、落第魔法使いRincewindも金目当てで近づいて持ち逃げしようとするが、ひょんなことからTwoflowerの護衛をしないといけなくなる。そこからのTwoflower & Rinsewindのドタバタ喜劇。

実質的にはラノベ相当と言っていいのかもしれない。寝不足になる系で、わりと一気に読んでしまったが、普段わたしが読むような小説とはかなり違う。

①タイトルの綴りからも明らかだがイギリス英語である。普段Holmesとか読んでいても米英の違いなんかほとんど気が付かないが、なぜかこの本についてはかなり引っかかる。時代なのだろうか。four-eyesという言い方にしても、Manolito Gafotas/Manolit four-eyesとここでしか見たことがない。

②物理的なアクションが多い。映像と違い、文章で読んでいると何が起こっているのか少し考えないと分からなかったりする。しかもファンタジーの世界なので、文章から現実を逆算するというより、TVシリーズならどういうコマ割りかとか、cartoonならどういう絵なのかという逆算になる。例えばThe LuggageというTwoflowerのペットみたいなのがいる。要するにマンガに出てくるchest/mimic(ドラクエのミミック)みたいなのだと思うが、猛犬みたいな動きもするし、実際の絵は読者のほうで適当に想像するしかない。

③伏線的なものがほぼ回収されない。設定やキャラが散りばめられているが、行き当たりばったりの印象が強い。もっとも、この後40巻もあるんだから、いくらでも設定や伏線は回収する時間はある。筆任せという意味では、わたしは中里介山「大菩薩峠」を思い出すが、最近流行りの考察系みたいなのより気楽でいいかもしれない。

④現実(1983年の英国)への参照が多い。一番印象に残るのは"to boldly go where no man has gone before"という有名なStar Trekのフレーズの参照だが、当時は誰でも知っていたとしても、今となっては相当なSFファンしか気が付かないかもしれない。Twoflowerが首からかけているカメラみたいな物は、中で小人が絵を描いているが、この話が成り立つにはポラロイドカメラが普通である必要がある。当時はまだデジカメがない。フラッシュ(実際にはサラマンダーの虫かご)を焚くのに時間がかかるのも重要なポイントだが、今の常識とずれる。

⑤とにかく中身がない。comic fantasyということでは、昔Alan D. Foster "Spellsinger"を何巻か読んでいたが、読後感がそれに近い。これを読んでもただ面白いだけで後に何も残らないし、人に語ることもない。では、なぜわたしがこの微妙に古い本を読んだのかという話になるが…。

詳しく知らないが、最近、Good Omensというテレビドラマが流行っているらしい。腐女子向けと思われ、わたしは見る気もないが原作がTerry Pratchettらしい。どこかで見た名前だと思ったが、わたしが長年やり続けているコンピュータゲーム"Nethack"の中で見る名前だった。

Nethackは1987年に発表されて改良され続けている昔ながらのフリーのRPGだが、ゲーム内の書店によくTerry Pratchettの小説が出てくる。RPGなので最初に主人公の職業を選ぶが、最も難易度の高い職業としてtouristが用意されている。これは完全にTwoflowerがモデルであり、ゲーム内にも特殊なキャラとしてTwoflowerが登場する…。

というような引っかかりがなかったら一生読まなかったかもしれない。改めて本屋に行くと、Terry Prachettの本は結構平積みされている。わりとケバい表紙のペーパーバックばかりだから今まで目に入っていなかった。そんなに真剣に読むものではなく、旅行中のヒマつぶしにでもというところか。そのうち次の巻"The Light Fantastic"も読むだろう。

A great overture.

Transworld Digital (2008/12/26)
言語: 英語

2023年9月22日金曜日

Arthur Conan Doyle "The Memoirs of Sherlock Holmes" [シャーロック・ホームズの思い出]

緋色の研究(長編)→四人の書名(長編)→シャーロックホームズの冒険(短編集)に続く第二の短編集。いわゆる正典で、間違いなく面白いし、特に世評に重ねて言うことはない。前から気になっているのは、Doyleという人は文体が一種類しかないのだろうか。作品の性質上、語り手はWatsonかHolmesか依頼人その他ということになるが、全員がほぼ同じ文体で、落語で言えば声色を使い分けないタイプだ。ともあれ、ホームズはこの本の最後の短編"The Final Problem"で終わりということになるはずだった。しかし、熱烈なファンから脅迫されたり、連載していた雑誌の売り上げが激減したりで、結局、また復活することになる。わたしとしてもこれでホームズ死亡と言われても急すぎると思う。次はバスカヴィル家の犬(長編)。

Who am I to review a holy canon?

Wisehouse Classics (2020/1/1)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-9176376614

2023年9月7日木曜日

George Polya "How to Solve It" [いかにして問題をとくか]

数学の問題を解くための方法論や指導法みたいなこと。世界的に名著とされているので一応読んでみはしたが…。ちょくちょく挟まっている数学の問題の例は面白いところもあるから一応読めるが、はっきり言って退屈だった。なぜこの本がそんなに讃えられるのかは謎である。この本は名声が確立しているし、一応数学書だから褒めておいてレビュアーにとって損がない、というのは別として、数学の先生の指導法ということならもしかして役に立つのかもしれない。あと、ぱっと見、日本語はもっと読みにくそうだ。

Boring....

Penguin (1990/4/26)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0140124996

2023年8月19日土曜日

Robert Waldinger, Marc Schulz "The Good Life: Lessons from the World's Longest Study on Happiness" [グッドライフ:幸福に関する世界で最も長い研究からの教訓]

なんか日本語訳も売れているらしく、Amazon売り上げ何位とかTED発とか、およそ読む気のしない宣伝文句が並んでいたが、こういう本も謙虚な気持ちで読んでいくかというようなことで読んでみたが。

内容はというと「幸福な人生には人間関係が重要」ということに尽きており、この一点について手を変え品を変え色々説いているだけ。いや、本当のことを言うと手も品も大して変わっておらず、内容への賛否はともかく、かなり単調な読み物と言っていいんじゃないだろうか。

ということであんまり感心しなかったのだが、世間の圧倒的な好評の前にわたし一人の文句なんか無意味だろう。人間関係については時折色々考えることもあるが、この本から何かを得た気がしない。確かにTED Talkの視聴者層が好きそうな本だ。

Exclusively for TED listeners. I mean, it is exclusively for those who have personal likings which TED listeners tend to have.

Rider & Co (2023/1/12)
言語 : 英語
ISBN-13 :978-1846046766

2023年8月2日水曜日

Richard Bellamy "Citizenship: A Very Short Introduction" [市民性:非常に短い入門]

目次:1.市民性とは何でなぜそれが問題なのか 2.市民性の理論と歴史 3.成員資格と所属 4.権利と「権利を持つ権利」 5.参加と民主主義

まずタイトルcitizenshipは「市民権」と訳すと狭すぎるということで、権利の他にも共同体への参加や所属意識的なことも含むということで適当な訳語がない。そもそもcitizenを市民と訳したのが、明治時代の人にしては下手だったのではないかとか思う。「公民性」のほうがマシかもしれない。諦めて「シチズンシップ」で済ませるのも多いようだ。

と言うと規範的なお説教のようなニュアンスが生じるが、この本はそういうことではない。もちろん著者の「かくあるべし」というのはあるが、現実の問題を考えると簡単な話は少ない。著者の書き方が晦渋すぎるという評判もあるが、物事を丁寧に考えるとこうなるしかない気もする。ということで、「こういうことです」とこの本を簡単に紹介できないというような…。

例えば、3章成員資格のところは、ムチャクチャ大雑把に言うと「どういう人間に参政権を認めるか」というようなことで、昔からいろんな基準があった。古代ギリシアであれば「いざという時に国のために戦って死ねるか」、つまり徴兵に応えられるかが基準になっていた。国家総動員となった第一次世界大戦に女性参政権が一気に拡大したのもその伝統の上云々。他にも国内に土地や財産を持っているかとか、その国の言語や文化に通じているかとか、居住歴とか色々。いつでも国外に逃げればいいやと思っている奴に投票権なんか与えたくない気持ちも分かるし。

4章の「そもそも誰でも持っている人権」と「その共同体に所属している人間だけが持っている権利」の関係も面白いところだが、考えれば考えるほど単純に折り合いの付く話ではない。実務的には一件一件考えていくしかないんだろうけど。色々面倒くさい話だが、これを考え抜ける人でないと政治には向いていないのかなあとも思う。

Summarizing is challenging due to the profound nature of the author's thoughts. Challenging to read, but worth the effort.

Oxford Univ Pr (2008/11/30)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0192802538

2023年7月17日月曜日

Bill Perkins "Die With Zero" [ゼロで死ね]

特に日本語訳が売れたらしい。大雑把に言うと、財産を残して死ぬ人間が多い現状に対し、「金を使い切って死なないと勿体ない」と主張する本。遺産を相続させたり寄附したりするんなら今すぐやれみたいな…。つまり、ある程度資産がある人か、これから資産を作る/得る見込みのある人が対象読者ということになる。

わたしの理解では、主張の前提になる命題は二つある。一つは、資産形成を初めてどこかの時点でピークを迎え、そこからは資産を減らして行って死ぬ時にゼロになるのが最も得という考え。わりと常識的な考えと思うが、実際には死ぬまで資産を増やしている人も多く、これはムダであると。もう一つは、若いうちのほうが同額の支出から大きい幸福を引き出せるという考え。例えば若いうちなら留学したりして数百万円から色々な幸福を引き出せるが、死ぬ間際でロクに動けない時に同額の金があっても大した幸福を引き出せない…みたいなことらしい。多くの人は自分の加齢を計算に入れずに支出を先送りし過ぎていると。

この二つの命題を考慮すると、著者の主張では45-60歳の間に資産のピークを迎えるのが最善だそうだ。これは、例えば日本の国家資格であるFP技能士の標準的な教えからすると、確かに早めではある。わたしもFP2級を持っているが、だいたい退職時ピークの計算になっている。本書の主張のコアはそういうことで、残りの部分は必要以上に不安がる人の説得に当てられている。もちろん寿命は誰にも分からないし、死ぬ瞬間にちょうどゼロにするなんて不可能だから仕方がないが、それにしてもみんな財産を残し過ぎだとか。

この件については各人で状況が色々なんで一般的なアドバイスはないが、とにかく、この界隈の出版物の言うことがだいたい安全側に傾きすぎというのは確からしい。わたしとしても、どうしたもんかねと考えることはあるが…。この本が前提にしている価値観、例えば「人生の最大の目的は思い出作り」とか、そういうのにまず共感できるかというのもある。「死ぬ時に年収分の財産を残していたら一年分ムダ働きしたことになる」とかいう考え方も、そうなんかなあとか。

ともかく、本質的には、資産額に焦点を合わせるのではなく、支出から得られる幸福を計量単位にして支出を最適化したら、通常思われているより早めの時点に資産額のピークを設定したほうが良いと言う話であった。今言った話が理解出来たら、別に読まなくてもいい…というのは言い過ぎか。読む人によって引っかかるところも違うだろうし。世間に蓄財本はいくらでもあるが、金を使えと主張する本は少ない。わたしとしては、別に節約家のつもりはないが、読書以外にナチュラルに金を使わない人間なので、いざ支出しようと考えても難しかったりする。クビになったら特に考えなくてもゼロで死ぬかもしれない。そんなことまではこの著者の知ったことではないようだが、色々と考えることはあった。

In spite of all the ads we see every day, few books urge you to spend money. This book made me think about money in a different way.

Mariner Books (2020/7/28)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0358099765

2023年7月14日金曜日

Philip N. Jefferson "Poverty: A Very Short Introduction" [貧困:非常に短い入門]

目次:1.導入 2.歴史 3.測定 4.生活 5.労働市場 6.分布と移動性 7.貧困と戦う 8.貧困はどこへ?

これは趣旨が分かりにくい本だった。VSIのこういう巨大過ぎるタイトルは①学部生向け学科案内②大家による学界近況雑感③素人にも分かる面白トピック集みたいな三種類くらいがあるが、これはそのどれでもない。強いて言えば、この先生の講義に出るならこれくらいのことは知っておけというような統一性のない散漫で広範な知識集というところか。授業の副読本として学生に買わせるのだろうか。しかし、考え方とかモデルとかが何も表示されない。どういう基準で選択したのか分からない、密度の低い事実が並べられているとしか思えない。こういうタイトルの本をわざわざ作るんだから、著者の政治的主張もあるはずだが、それをあまり言わないからますます読みにくい。政策提案ないし価値判断が明白にあって、それに向かって事実を記述していくスタイルなら、公平性は疑うにしてももっと読みやすくなるはずだが。

と思いながらも読んでて面白い事実もいくつかあったが、自然科学とか人文科学ならまめ知識として面白いというようなことだが、社会科学で孤立した事実だけ知っても全体情勢を反映しているかどうか不安過ぎる。他にも文句は色々あるが、もういいだろう。ちょっと不可解な本だった。

Sadly, I foound this book boring.

出版社:Oxford Univ P(2018/10/1)
言語:英語
ISBN-13: 978-0198716471

2023年7月13日木曜日

Ross H. Mckenzie "Condensed Matter Physics: a Very Short Introduction" [凝縮物質物理学:非常に短い入門]

目次:1.凝縮物質物理学とは何か? 2.物質の数多くの状態 3.対称性の問題 4.物のオーダー 5.平面国の冒険 6.臨界点 7.量子の問題 8.トポロジーの問題 9.創発性 10終わらない前線

タイトルは色々問題があるが、日本では「固体物理学」とか「凝縮系物理学」とか「物性論」とかいう辺りの話。図書館などでその辺りの棚を見れば分かるが、前提知識が多すぎて素人にはわりと見通しの利かない分野だ。この本で強調されているのは、量子力学的な効果がマクロの世界で観察される現象、特に超伝導と超流動だが、創発性もかなりうるさく描いていて、こっちのほうが本質なのかもしれない。うるさく、というのはやたら適当に社会科学に言及するのがわたしの趣味じゃないというだけで深い意味はない。他にももっと予算を的な話とか、ちょっとクセがある書き手かなあ。

同素体の話とか量子力学の話とかわりと初歩的なところからしていて、わたしはこれ以上易しい物性論の本を見たことがないが、それでもVSIの中でも難しい側の本かもしれない。たまたま今手元に初歩の教科書として有名な黒沢先生の「物性論」があるが、比較すると、もちろんそれよりは全然非技術的だが、見通しは立つのかなという気はする。

Condensed matter physics requires a tons of preliminary knowledge. This book is arguably the easiest introduction, though still difficult for a layman....

Oxford Univ Pr (2023/8/28)
言語 :英語
ISBN-13 :978-0198845423

2023年6月12日月曜日

Kenneth Libbrecht "Field Guide to Snowflakes" [雪片野外帖]

この著者はガチの固体物理学者で、どうも雪の結晶研究の第一人者っぽいが、この本は最も一般向けで、雪の結晶図鑑に近い。子供でも眺めていて楽しめるようなことだ。一応物理学者なのでそれなりに個々の結晶成長過程について説明もあるが、あまり深い話はない。結晶の成長中に湿度や温度が変化して六角形が削れたり角が伸びやすかったりするようだが、多分、現代科学でもそこまで詳しくは分からないんだろう。著者は実験室で人工的に雪を作ったりしているようなので、実際に論文を読んでみたら相当分かっているのかもしれないが。この本は読んでいる最中の別の本の参考文献に上がっていて、先にこっちを読んでしまった。わたしは昔からこういうのが好きだが、考えたらあまりこういう自然観察本はここに記録していない。最大の理由は、動植物だと海外と日本で違いが大きすぎるのであまり洋書を読まないからだが、雪や星についてはそんなこともない。本で読まなくても、著者のサイトSnow Crystals.comが楽しい。

Beautiful.

Voyageur Press (2016/9/1)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0760349427

2023年6月4日日曜日

Veronique Mottier "Sexuality: A Very Shor Introduction" [セクシュアリティ:非常に短い入門]

目次:1.セクシュアリティ以前 2.セクシュアリティの発明 3.処女か娼婦か:セクシュアリティのフェミニスト批判 4.寝室の中の国家 5.性の未来

かなりうんざりした本である…。まず扱っている対象が面倒なんだろう。近頃LGBTQだとかで全部の話についていっている人がそんなにいるとは思えないが、この本で話が整理されるわけではなく、さらに混乱が増す。フェミニズムだの優生学だの社会主義だのは序の口で、エイズだとか宗教だとかその他もろもろで、とにかくずっと論争の歴史を読まされるが、どの時点でも参加者が多すぎて誰が味方で敵なのかよく分からない。それどころか、そもそも何を争っているのかも分かりにくい。多分、著者はフェミニストで伝統的な男/女の対立を軸に考えているのだと思われ、別の視点の人からはいくらでも文句が出そうな気もする。

もう一つ言えるのは、最近VSIで読んだ奴隷とか優生学とかと同じで、この本も「断罪系」で、要するにこのテーマで中立な記述などというのがあり得ず、何かしらの価値基準からしか記述のしようがないのだが、上のような理由で著者がどの基準で見ているのかが分かりにくい。奴隷については奴隷制反対とか優生学については優生学は悪の疑似科学とか価値基準が分かりやすいが、セクシュアリティについてはそういう分かりやすい基準がない。著者の価値基準はだいたい書きぶりから察しがつくというようなものだが、だとしたら、著者が自分の価値観を明示しないのは良くない気もする。

あと、これは明白に書き方の問題だと思うが、何か全体に具体的な話が薄い。多分、著者は具体的な話より理念の交錯というか政治的な対立のほうに興味があるのだろうか。確かに同性愛のフェミニストと異性愛のフェミニストの関係とか、これに右派左派とか優生学に対する態度とか、人種差別がどうとか、直交する概念がどんどん加わってきて、誰と誰が何を巡って戦っているのかものすごく分かりにくい。参加者がみんな必死なのは確かだが。

総じてVSIでたまにある「テーマか巨大過ぎる」というパターンだと思う。これはこれで資料性があるのかもしれないが、誰が見ても公平なわけではないだろうし、ちとintroductionというのは無理がある。そして、基本的にギリシア・ローマから始まる西欧の話で、世界の他の地域はほぼ無視されている。素人にはお勧めできない。

At least I can say this is not an introduction.

Oxford Univ Pr (2008/6/23)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0199298020