2024年12月25日水曜日

Imari Walker-Franklin, Jenna Jambeck "Plastics" [プラスチック]

 Plastics (Amazon.co.jp)

目次:1. 導入 2. プラスチック製造と利用 3. 廃プラスチックを管理する 4. プラスチックゴミの発見 5. プラスチックに関連する化学物質 6. プラスチックの環境への影響 7. プラスチックの社会への影響 8. プラスチック政策 9. プラスチックの代替と介入

プラスチックの環境問題に関する解説書。高分子化学や石油化学工業の解説書ではない。ただし予備知識として、プラスチックの何が問題なのかを論じている部分を理解するためには、日本の高校程度の化学の知識が必要かと思われる。解決策について論じている部分については、そのような知識はあまり必要ではない。著者たちはこの問題が化学で直接解決できるとは信じていないようで、その方面に深入りしていない。

というのも、現状ではエベレストの頂上だろうとマリアナ海溝の底だろうと農産物だろうと人体の中だろうと、この惑星は既にプラスチックに汚染されきっており、仮にプラスチックが今すぐ全部生産停止になっても、今後数十万年は被害は出続ける。海岸や川で多少ゴミ拾いをしたところで、生産量が圧倒的過ぎて焼け石に水。ゴミを捨てるなとかいう道徳的キャンペーンで解決する社会問題なんか存在しない。どんなに気を付けてもプラスチックは環境に流れ出る。これらの手段が無意味というわけではないが、根本的に生産を規制する以外にないというのが著者たちの立場のようだ。ちなみにプラスチックの大半を消費しているのは包装であり、ここが主要なターゲットになるだろう。

しかし、この本の著者たちは知らなかったことだが、これから第二次トランプ政権が始まるというようなことで、状況は悪化している。著者たちはgreenwashを非難しているが、世界はwoke mind cultureにうんざりしている。環境問題に右翼も左翼もないはずだが、現実にはそんなことになっていない。

個人的に思い返すと、公害防止管理者試験で、騒音振動・大気一種・水質一種に合格したが、廃プラスチックとかいう話は記憶にない。そのうちプラスチック一種とかできるかもしれないが、結局、この本でも問題にしているように、プラスチック公害は基本的に消費者の責任にされていて、生産者は責任を逃れ続けている。

そんなことで色々考えさせる本だったが、この本は入口としてはいいけど、個人的にはもう少し化学工業について勉強していこうと思っている。

The MIT Press (2023/8/22)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0262547017

2024年12月22日日曜日

Howard J. Herzog "Carbon Capture" [炭素捕獲]

 Carbon Capture (Amazon.co.jp)

目次:1. 気候変動 2. 化石燃料 3. 炭素捕獲 4. 炭素貯留と利用 5. 実際の炭素捕獲 6. 負の排出 7. 政策と政治 8. 未来

タイトルの意味が分からない人が多いと思うが、要するに主に排気ガスから二酸化炭素を抽出して、大気中に放出せずにどこかに貯蔵する技術の解説。現実的には主に火力発電所やセメント工場などの煙道ガスからSOx・NOxなどを取り除いた後で吸収塔で二酸化炭素を吸収し、吸収した二酸化炭素は分離して地層処分することになる。初心者でも読めることになっているが、予備知識として基本的な化学工業の知識の他、火力発電所の仕組みを概念的にでも把握している必要があるだろう。

…と言っただけで、普通の人は色々な疑問が湧くのではないかと思う。①地面にCO2みたいな気体を埋めても漏れてくるんじゃないかとか、②CO2みたいな不活性な物質を分離するのは高価過ぎるんじゃないかとか、③そんなことができるんなら地球温暖化なんか簡単にキャンセルできるのに何でさっさとやらないのかとか。この類の疑問を持つ人なら読んで面白いのではなかろうか。

わたし個人としては、CCS(Carbon Capture & Storage)については公害防止管理者/エネ管/電験の勉強をしていた時に、時々情報は入っていた。と言っても、煙道ガス処理についてはSOx・NOx・煤塵が主で、CO2については煙道の前にそもそも発生を抑える話がこの類の技術の基本だ。そんなことでCCSの話が出てもあまり真剣に考えていなかった。実際、この本の著者も認めているように、最近あまり支持者のいない技術である。ただ、別に技術的に困難とか地球温暖化対策に対して無意味とかいうことではなく、単に政治的な理由による、という。

それとは少し違う話で、最近特に化学系の会社を調べていると、やたらアミンを全面に押してくる会社が多い。アミン類自体多様な用途があるが、一つには業界的にはCCSに未来を見ているのも理由らしい。煙道ガスからCO2を回収する方法は本書にも色々述べられているが、現在の主力はアミンを用いる方法で、煙道ガス中のCO2の90%以上を回収でき、回収されたCO2の純度は99%以上という。

というような話に興味を持てる人には良いCCS入門書だと思う。というか、これ以外に素人向けの本があるのだろうか。ところどころ書き方が整理されていないように見える部分もあるが、大した問題じゃないだろう。

出版社 ‏ : ‎ MIT Press (2018/8/17)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0262535755

2024年12月18日水曜日

Markus K. Brunnermeier, Ricardo Reis "A Crash Course on Crises: Macroeconomic Concepts for Run-Ups, Collapses, and Recoveries" [危機についての緊急講義:急騰・急落・回復に関するマクロ経済の概念]

A Crash Course on Crises (Amazon.co.jp)

目次:1. 導入 2. バブルと信念 3. 資本流入とその(誤)配分 4. 銀行とその仲間たち 5. システムリスク・増幅・伝染 6. 支払い能力と流動性 7. 民間部門と公共部門の関係 8. 安全資産への逃避 9. 為替レート政策と回復速度 10. 新しい伝統的金融政策 11. 財政政策と実質金利 12. 結論

金融危機に関する10の考え方(2-11章)をまとめたもの。予備知識として経済学部で最初に教科書で学ぶ程度の知識は必要かと思われる。というか、教科書は正常な状態の金融経済の説明が主で、金融危機みたいな異常事態には深入りしていない。その部分を補完するような本で、それ自体面白いし、正常時の金融理論の理解も深まる。2-11章の各章はそれぞれ考え方の説明と実例から成る。

2...バブルと分かっていてもバブルに乗らざるを得ないことのゲーム理論ぽい考え方。

3...何らかの理由で生産性の低い部門に資源が優先配分されてしまうことによる経済低迷。

4...影の銀行によるリスク増大。

5...現代の銀行が他行を模倣することによるリスクの増大。

6...債務超過と単なる流動性不足の区別をすることの難しさ。

7...国が銀行を保証するが、その銀行が国債を保有していることによる悪循環。

8...安全資産の自己成就的性質による危機増幅。

9...負債が外貨建てで資産が自国通貨である場合の為替によるダメージ。

10...準備の飽和・量的緩和・イールドカーブコントロールとか要は日銀がやっていること。

11...危機時の財政出動に関する最新の見解。

改めて見直すと、一つ一つは別に新しくないが、整理されていて分かりやすい。それぞれの項目について原理的な説明と実例のセットというフォーマットも簡単で良い。専門家から見れば実態を単純化し過ぎということかもしれないが、基本的な「経済学論法」の学習という意味もある。

出版社 ‏ : ‎ Princeton Univ Pr (2023/6/6)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0691221106

2024年12月16日月曜日

Jeffrey Pomerantz "Metadata" [メタデータ]

 Metadata (Amazon.co.jp)

目次:1. 導入 2. 定義 3. 記述メタデータ 4. 管理メタデータ 5. 使用メタデータ 6. メタデータを使う技術 7. 意味論的ウェブ

ほぼ十年前の本だが、扱っている内容が基礎的というか原理的なので、あまり内容は古くなっていない。博物館員・図書館員その他データベース技術者がメタデータを実際に扱うための分厚い本は外にも新しい本が色々あるが、まともにストーリーとして通して読める本としては、多分これが今でも唯一じゃないかなあ…。

読むのに特に前提知識はいらない。Mona Lisaが例として使われるのはこの類の話の定例で、何らかのデータベースを使ったことのある人なら読めると思う。Dublin CoreとかRDFから順にPREMISやらMETSやらDTDやらXMLやらLinked Dataやらschema.orgやら。だいたい基本的なスキーマをその背景などから解説していて読み易い。とは言え、今挙げたスキーマを全く聞いたことがないという人がこの話を面白いと思うかどうかは保証できない。無関係な人はいないはずだし、ITリテラシという意味では必須科目だとは思うが、知らなくても生きていけることではある。

そういうことでは冒頭と最後にSnowden事件の話が出ているが、これが素人にも分かりやすく興味を引くかもしれない。ただSnowden事件自体が古いからな…。あと最後のSemantic WebとかAgent志向みたいな話は、さすがに十年前という気もする。Generative AIが発展する前の時代なので、今ならもっと違う書き様もあるだろう。ただし、繰り返すが、メタデータの必要性は今も昔も変わっておらず、今でもこの本が基礎を学ぶ最善の方法だと思う。世に出ている本の多くは技術的細部に入り過ぎていて、専門家用の辞書でしかない。

もちろん文書館員美術館学芸員その他、いわゆる大量の文化遺産を扱う人にとっては基礎知識なので、多分全員読んだほうがいい。そうなってくると、なぜこの本が日本語訳されていないのかのほうが気になる。こんな本が翻訳されれば最低でも全国の関係機関が一冊ずつ買うわけだから、確実に売り上げが計算できるように思う。古い部分は専門家がupdateの監修すればいいだろう。出版業界もチャンスを随分逃している、というか出版業界自体がメタデータに重く依存している業界なわけで、これくらいの知識は必須だ。

個人的にはもう少し実際のEuropeanaやDPLAの実装を見たいが、もちろんそういうのはこの本の視野を越える。実際には実装については日進月歩なので各機関のWebサイトにある仕様を確認するしかない。

出版社 ‏ : ‎ MIT Press (2015/11/6)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0262528511

2024年12月5日木曜日

Daron Acemoglu, James A. Robinson "Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty" [国家はなぜ衰退するのか:権力と繁栄と貧困の起源]

Why Nations Fail (Amazon.co.jp)
国家はなぜ衰退するのか(上)(Amazon.co.jp)
国家はなぜ衰退するのか(下)(Amazon.co.jp)

原著2012年刊の時点で注目していた本だが、気になりながらずっと放置しているうちに2024年ノーベル経済学賞受賞ということで、読むしかなくなった。

ずっと放置していた最大の理由は書名が大風呂敷過ぎるように感じたからだが、実は書名の質問に対する答えは比較的単純なものだ。わたしがまとめると、要するに1私有財産権が守られないほどの無政府状態になるか2ごく一部の政治エリート層が富を独占して残りの国民から搾取するから。このどちらでも、技術革新が起こらないので国家が衰退する。

1の状態は論外として、2の状態では、例えば貴族と奴隷みたいな社会だと、好き放題収奪される奴隷の側では技術革新を起こす理由がないし、外国から新技術を取り入れる理由もない。エリート層は自分たちの地位を守るために技術革新を阻止する。さらに2の状態ではクーデターの魅力が大きい。その結果、革命は起こるが、単に支配者が入れ替わるだけで少数が多数を抑圧搾取する構造は何も変わらない。

実例が大量に挙げられ、ほとんど世界史のおさらいみたいになる。本書が分厚く見えるのはそのせいで、書いている理論が難しいからではない。例えば韓国と北朝鮮のとんでもない格差の原因は、北朝鮮では一部エリートが政治権力を独占していて私有財産権が認められていないからだとか。面白いけど、高校生程度の世界史の知識は必要かもしれない。

などと言っているうちに、つい先日、韓国の大統領が突然夜中に非常戒厳を発令していて何のこっちゃみたいな話になっている。そもそも軍隊も警察も真剣に従わない。しかし、同じ話が中南米とかアフリカとかで発生しても、そんなに驚かない。この違いは民度がどうとかいう話ではなく…という話はこの本を読んだ人と語る話だ。最近ダボス会議でのアルゼンチンの大統領の演説もだいたいこの本の路線に乗ったものだっただろうか。

面白くてわりと一気に読んだ本だった。あまり大風呂敷系のタイトルは読まないけど、この著者については読んでいってもいいかもしれない。

Crown Currency (2013/9/17)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0307719225