これはembodied cognitionの標準テキストと思われるが、embodied cognitionの日本語訳すら定かではない。Webでも日本語の解説が見当たらないところを見ると、あまり日本では流行っていないのか。
色々なセクトがあるようで一言でまとめるのは難しいが、要は、心理学の中でも特に身体を重視する方向の派閥である。逆の極端を考えると分かりやすい。つまり、脳を単なる記号演算装置と考える派閥なら、身体は単なる入出力装置であり、とりあえず入出力装置と別に演算装置を考察することができる。これはデジタルコンピュータの比喩であり、周辺装置と演算装置は分離できるし、ハードウェアとソフトウェアは分離できる。人間の知能がソフトウェアであるならば、人間の知能と人間の脳を分離して、人間の脳とは別のハードウェアに人間の知能を「移植」することもできる。つまり人工知能である。ここまで極端な考え方をする人は今は少ないかも知れないが、この本の言う"standard cognitive science"は、戯画化すればそんなところだろう。要するに身体を軽視というか無視しているのである。
これに対抗する側として、この本では主に三つの派閥が挙げられている。分かりにくいわけではないが、哲学的な理屈が大量にあるので、要点と思われる点をまとめると: 第一の"Conceptualization"とは、どんな抽象概念も、結局は特定の身体構造と切り離しては理解できないということを言っている。第二の"Replacement"とは、脳のやっていることは記号演算というより環境との機械的な相互作用であるとする。第三の"Constitution"とは、認知過程は脳だけでなく、感覚器官や外界も含めて一連のすべてを考慮しなければ説明できないと言っている。共通点としては、認知心理学を脳の研究に限定するのに抵抗している。
それぞれについて、書いているだけでも、嫌になるほど形而上学的問題がどんどん思い浮かぶが、この本は、それを一々議論している。根にあるのは西洋哲学の昔からの問題で、心身問題とか、表象って何とか、意識って何とかそういうことで、日本でイマイチ流行らないのも分かるような気がする。こういう問題が好きな人なら、読んでいて退屈はしないだろう。
According to allegedly standard science, brain can be studied fairly independently from peripheral neural systems (input/output devices) and mind can be studied fairly independently from brain (hardware) so that mind (software) can be exported to devices other than human brains....
Embodied cognition opposes this kind of views. There are many versions of embodied cognition, but all emphasizes the importance of body in cognitive science. A standard textbook including lots of metaphysical thinking.