2016年9月29日木曜日
Michael Puett, Christine Gross-Loh "The Path: What Chinese Philosophers Can Teach Us About the Good Life" [道:中国の哲学者が良い人生についてわたしたちに教えられること]
これは「ハーバードの人生が変わる東洋哲学」ということで和訳も出ていて売れているようだが、賛否両論の本である。それも無理もない話だ。
まず、この本は、東洋哲学(というか中国哲学)の入門書ではない。もしかするとアメリカ人はこんな本で中国古典に入門するかもしれないが、その意味では、まともな日本人にとっては易し過ぎるというか、義務教育レベルだろう。この本はあくまで自己啓発本と思ったほうが良い。
著者によると、巷に溢れている自己啓発書は、全部元を辿るとプロテスタンティズムに起源を持つ。もちろん、アメリカにも禅だのヨガだのは輸入されているが、すべて、このプロテスタンティズムのレンズによって歪められ、場合によっては全くの反対物にされている。この本は、そういう状況を、中国哲学の古典に依拠して批判し、代替案を提示する。たとえば、多くの自己啓発書は「本当の自分を見つけろ」と言っているが、本当の自分はこんなものだと自分で自分にレッテルを貼って自分を制限するのは得策ではない云々。というように、各章ごとに、自己啓発書にありがちな一つの固定観念を、中国古典の一つを援用しつつ打破していく。
ほとんどの自己啓発書がプロテスタンティズムの延長であるという説は、わたしも全く同意見で、特に社会学をやっていた人にはヴェーバーのプロ倫を思い出すだろう。各論では自己啓発の諸観念を批判していくが、わたしとしては、それでもまだアメリカン自己啓発の臭いがキツい。というのは、この本は、自己啓発自体は決して否定していないし、結局は社会的成功を目指しているからだ。しかし、わたしの理解では孔子は確かに出世しようとしていたかもしれないが、少なくとも荘子にはそんな概念はない。その点が、この本は自己啓発書としてはそこそこ成功しているかもしれないが、東洋哲学の案内としては致命的に視野が狭い。
ただ、ある程度、自己啓発書の概念と中国哲学の概念に通じている人が読めば、「そんな解釈もあるかなあ」という程度には楽しめるところで、pop Chinese philosophiesがこんなものという勉強にはなるだろう。
I have a good command of old chinese language and have read almost all of the classics this book summarizes. What makes this book unique among other self-enlightenment books is the fact that while almost all the self-help books have their origins in the early protestantism ethics, this book is based on chinese philosophies and attacks hidden assumptions of protestantism. That said, this book is too limited in scope. I guess, for example, Zhuangzi is totally misinterpreted.
2016年9月17日土曜日
Lori Langer de Ramirez "Berlitz Spanish Vocabulary Study Cards" [ベルリッツスペイン語単語学習カード]
スペイン語の単語カード。この類のものは英語圏でもあまりないし、日本語圏では皆無に近い。需要があるような気もするけど、なぜか分からない。単語カードは自分で作るものと思われているのか、スマホなどに移行しているのか。しかし、スマホでもロクなものが見当たらないが…。わたしはというと、一通りやったものの、やっぱりわたしには単語カードによる丸暗記は向いていないと再認識したけど、わたしは少数派でもないのかもしれない。
とはいうものの、何語でもそうだが、語学力の八割は単語量だ。この類の物の通例として、何の根拠で単語を選んでいるのか全く分からないが、初級から中級スペイン語ということなら、必須の単語ばかりだし、暗記が得意な人は、非常に効率の高い勉強法だと思う。
At least, words in this set are necessary for intermediate learners.
Berlitz Multimedia(2008/1/15)
言語: 英語
ISBN-13: 978-9812680754
2016年9月14日水曜日
Gillian Clark "Late Antiquity: A Very Short Introduction" [古代末期:非常に短い入門]
目次:1.古代末期とは何で何時か? 2.帝国を運営する事 3.法と福祉 4.宗教 5.救われる為に何をするべきか? 6.蛮族 7.青銅の象:古典とキリスト教文化 8.決定的な変化?
タイトルが分かりにくいが、要するに末期というか衰退期のローマ帝国の通史・概況。あまり人を惹くタイトルの気がしないが、なかなか評判が良いようだ。日本でも一時期あったが、たまにローマ帝国ブームというのがあるらしく、特に没落するあたりは固定ファンがいるらしい。そういうことでは、この本では特にローマ帝国が批判されたりするわけではないが、必読書になるのかもしれない。
VSIの歴史関係は概して優れているが、これも読んで損のないところだ。VSIは結構世界史を網羅していて、このタイトルも間隙を埋めるように企画されたのかもしれない。領域の被っている所では、わたしとしてはByzantiumのほうが面白かったけど、この本も悪くない。歴史というものは、いろんな角度から様々な著者の本を読まないと、イメージもできてこないものだ。単純に読み物として面白い。
A good reading for many including me who are interested in the fall of Roman empire.
Oxford Univ Pr (2011/3/22)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0199546206
2016年9月8日木曜日
John Marenbon "Medieval Philosophy: A Very Short Introduction" [中世哲学:非常に短い入門]
目次:1. 導入 2.初期中世哲学の地図 3.後期中世哲学の地図 4.中世哲学の領域 5.機関と文学的形態 6.普遍者(AvicennaとAbelard) 7.心と体と死 8.予知と自由(BoethiusとGersonides) 9.社会と最善の人生(Ibn TufaylとDante) 10.なぜ中世哲学か
哲学史の講義で中世が軽んじられているのは日本に限らず西洋でも同じことらしい。一つには宗教の影響が致命的に純粋哲学を傷付けていると考えられているせいで、早い話が、教会の支配する暗黒の中世を非難して自由で明るいギリシアを良しとするルネサンスの人文主義者の意見が未だに支配的なんだろう。そして、何より、通例の哲学史ではイスラムとユダヤ教が無視されがちだ。そんなわけで、結構真剣に哲学を学んでいても、中世についてはよく知らないというわたしみたいな人種には待望の一冊と言える。翻訳すれば売れるだろうし、志の高い哲学徒は翻訳されるまでもなく読んで後悔はしない。
前半は一般的な中世哲学の見取り図というところで、有名な哲学者や流派が概観される。後半は実在論vs唯名論から始まって幾つかの中世哲学の主題が解説される。いずれも現代の哲学でも論点になるところなので、分かりにくくはないだろう。それにしても、現代の分析哲学だと些末な論点に迷い込みがちなところ、この本の解説は非常に分かりやすい。昔からの議論を追跡するのが、今の論点を理解するのにかえって早道ということもある。中世哲学の入門書は、日本語でもいくつかあるみたいだけど、差し当たりVSIを一冊読んでおいて損はないと思う。
A great introduction to the subject. The obsolete Renaissance idea of the dark Middle Ages damaged by the rule of whatever religion vs the bright free ancient Greek should be now rejected.
Oxford Univ Pr (2016/04)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0199663224
2016年9月7日水曜日
Nicholas P. Money "Microbiology: A Very Short Introduction" [微生物学:非常に短い入門]
目次:1.微生物の多様性 2.どのように微生物が働くか 3.微生物の遺伝学と分子微生物学 4.ウィルス 5.ヒトの健康と病気の微生物学 6.微生物の生態系と進化 7. 農業と生物工学の微生物
大学生向けの微生物学の入門書。一般向けの啓蒙書というより、微生物学原論というか、専門への入門というところだ。VSIではVirusesとかBacteriaもかなり面白かったけど、この本もそれに劣らない。それらに比べると少し専門的ではあるが、日本で言えば、高校の生物学をクリアした人なら普通に読めるのではないかと思う。
この分野が面白いのは、単純に、未だに人類に知られていない微生物が目の前の空気中にもわたしたちの体の中にも大量にいるだろうということで。未だに生物の大分類(domain)すら確定していないようなことらしく、今後どうなるかもまだ分からない。この本では微生物の代謝経路もかなり詳細に書いてあるが、世界にはまだまだ我々が想像もしないような代謝経路が存在するのだろう。わたしは特段に微生物に詳しくなる必要もないのだが、こういう解説書を読んでいると、世界観が豊かになるというか変わるというか、なんか心が安らぐ。わたしもいずれは火葬よりは微生物に分解されたいものだ。
In Japan, cremation is almost obligation. But I wish to be biodegraded by microbes.
Oxford Univ Pr (2015/02)
言語: 英語
ISBN-13: 978-0199681686