目次: 導入/1.定義/2.東地中海の十字軍/3.西の十字軍/4.十字軍の影響/5.聖戦/6.十字架事業/7.聖地/結論現代の十字軍
十字軍の概説。十字軍は数え方も定義も曖昧だが、この本ではわりと広めに解釈していて、エルサレム中東方面意外にもスペイン("レコンキスタ")やバルト海方面も網羅している。また、考察の角度も多様で、純粋に軍事的なことから、哲学的、教義的、経済的、政治的などあらゆる面から考察。キリスト教/イスラム教の血塗られた惨劇の歴史は、正直言ってかなり読みごたえがあり、退屈しなかった。特に現代の世界情勢を考えると、必読書と言っていいと思う。
この本は晦渋という評判も一部にはあるが故のないことではない。VSIの歴史系にありがちだが、論述の結構な部分が既存のステレオタイプの解体に当てられていて、そもそもステレオタイプを知らない人間にとっては余計な話に思えがちだ。特に十字軍の概念(というかステレオタイプ)は21世紀の現代でも特にイスラム側のテロリストによって大いに活用されている。筆者の意見は明白で、現代の状況を説明するのに十字軍のイメージを持ち出すのは全部デタラメである。筆者は既存の物語は破壊するが、それに代わる分かりやすい物語は提供しない。ただ淡々と教会・国家の政治やメンタリティーなどの相互作用を叙述していくだけである。そして過去の十字軍の物語を現代にプロパガンダのために使おうするあらゆる試みに反対する。
しかし、何より、これほど多角的に十字軍を叙述している本も少ないのではないかと思う。わたしは特にキリスト教にもイスラム教にも特に感情的負荷はないのでさらさら読んだが、キリスト教徒が読んだらもう少しヘビィな感想を持つのかもしれない。実際、新約聖書を字義通り読めば、キリスト教徒が暴力を振るうなどということはあってはいけないことだし、何なら殺されても反撃してはいけないくらいだ。他方、イスラム教徒にはジハードの義務が全員にあるわけで、これだけ見ればイスラム教のほうが残虐なはずだが、実際には必ずしもそんなことになっていない。何にしろ、あまり関わり合いになりたくないには違いない。
A bloody history.
Oxford Univ Pr (2006/1/12)
英語
ISBN-13: 978-0192806550