2015年11月29日日曜日

Christopher Tyerman "The Crusades: A Very Short Introduction" [十字軍:非常に短い入門]

目次: 導入/1.定義/2.東地中海の十字軍/3.西の十字軍/4.十字軍の影響/5.聖戦/6.十字架事業/7.聖地/結論現代の十字軍

十字軍の概説。十字軍は数え方も定義も曖昧だが、この本ではわりと広めに解釈していて、エルサレム中東方面意外にもスペイン("レコンキスタ")やバルト海方面も網羅している。また、考察の角度も多様で、純粋に軍事的なことから、哲学的、教義的、経済的、政治的などあらゆる面から考察。キリスト教/イスラム教の血塗られた惨劇の歴史は、正直言ってかなり読みごたえがあり、退屈しなかった。特に現代の世界情勢を考えると、必読書と言っていいと思う。

この本は晦渋という評判も一部にはあるが故のないことではない。VSIの歴史系にありがちだが、論述の結構な部分が既存のステレオタイプの解体に当てられていて、そもそもステレオタイプを知らない人間にとっては余計な話に思えがちだ。特に十字軍の概念(というかステレオタイプ)は21世紀の現代でも特にイスラム側のテロリストによって大いに活用されている。筆者の意見は明白で、現代の状況を説明するのに十字軍のイメージを持ち出すのは全部デタラメである。筆者は既存の物語は破壊するが、それに代わる分かりやすい物語は提供しない。ただ淡々と教会・国家の政治やメンタリティーなどの相互作用を叙述していくだけである。そして過去の十字軍の物語を現代にプロパガンダのために使おうするあらゆる試みに反対する。

しかし、何より、これほど多角的に十字軍を叙述している本も少ないのではないかと思う。わたしは特にキリスト教にもイスラム教にも特に感情的負荷はないのでさらさら読んだが、キリスト教徒が読んだらもう少しヘビィな感想を持つのかもしれない。実際、新約聖書を字義通り読めば、キリスト教徒が暴力を振るうなどということはあってはいけないことだし、何なら殺されても反撃してはいけないくらいだ。他方、イスラム教徒にはジハードの義務が全員にあるわけで、これだけ見ればイスラム教のほうが残虐なはずだが、実際には必ずしもそんなことになっていない。何にしろ、あまり関わり合いになりたくないには違いない。

A bloody history.

Oxford Univ Pr (2006/1/12)
英語
ISBN-13: 978-0192806550

2015年11月15日日曜日

Jeff Kinney "Diary of a Wimpy Kid 10. Old School" [昔の学校]

予約買いから即読了。相変わらず最高だ。例によって「グレッグのダメ日記」というタイトルで既に邦訳が出ているみたいだが、原書を読めるのなら原書で読んだほうが良い。英語は易しい。

今回は二つのパートがあり、前半はRodrickがバイトしていたり爺さんが騒動を起こしていたり電気禁止の日だったり。相変わらずの面々だ。後半はキャンプに送り込まれる。

わたしは相当マンガを読むが、ギャグ漫画でもここまで笑える本は少ない気がする。マンガじゃなくても、これくらい笑いの多い本は少ないと思う。素晴らしいシリーズだ。しかし、無免許運転とか万引きとか、この本を子供に読ませている教育ママはどう考えているのかかなり気になる。薬物とセックスが完全に抑えられているのは流石だとは思うが・・・。それは別としても、リアルな子供より、昔子供だった人が距離を置いてから読んだほうが笑える気はする。

Just hilarious.

2015年11月12日木曜日

John Krebs "Food: A Very Short Introduction" [食べ物:非常に短い入門]

目次 1.美食猿 2.これが好き! 3.食べ物が悪くなる時 4.食べた物があなたになる 5.90億人に食べさせる

食に関するよもやま話。食料政策から栄養学から文化誌から食品安全衛生から農業政策からとにかく色々。体系的というよりは、ほとんど食に関する全分野から色々な話を持ち込んでいる。わたし個人としては、たまたまサプリメントを執拗に研究していて、特に栄養学的にそんなに「定説」に騙される気はしないのだが、この本は、政治的にも栄養学的にも、ひとまず定説をまとめた物と言えそうだ。個人的にもまだまだ勉強しないといけないと思っているが、さしあたり、定説を学ぶのは基本だろう。

A good reading about food. Consists of miscellaneous knowledge and trivia from various areas.

出版者: Oxford University Press(2013/12)
英語
ISBN-13: 978-0199661084

Baruch Fischhoff, John Kadvany "Risk: A Very Short Introduction" [リスク:非常に短い入門]

目次 1.リスクに関わる決定 2.リスクを定義する 3.リスクを分析する 4.リスクに関わる決定をする 5.リスクの認知 6.リスクの伝達 7.リスク、文化、社会

意思決定理論のリスクに関わる部分の解説といったところ。大学で言えば経済学とか心理学で教えるような話で、わたしとしては新しい知見は少ない。このあたり、いくつかの公理を導入した整然とした理論体系もあり、現に人工知能の研究などでは使われているわけだが、現実の人間の行動に肉薄するには程遠い。まず、人間の選好を数値化するところで無理があるし、公理に縛られる人間なんかいない。というわけで、公理的体系と実際の人間の行動のズレを「逆説」とか言って論うのも面白いが、実際のところ、この辺りの話を一回りすると、特にその先何もないなあという感じは避けられない。今までこの分野に興味のなかった人、特に経済学・心理学などの学生にはこの本は入門にいいかもしれない。進んだ読書として、政策への応用としては"Nudge"みたいな本も面白いし、また、単純に面白いという意味では、この本でも言及されるカーネマンの"Thinking, Fast and Slow"を強くお勧めする。

Very informative for students for psychology or economics.

Oxford Univ Pr(2011/07)
英語
ISBN-13: 978-0199576203

2015年11月9日月曜日

Peter Sarris "Byzantium: A Very Short Introduction" [ビザンチウム:非常に短い入門]

目次 1.ビザンチウムとは何か? 2.支配都市コンスタンチノープル 3.古典時代から中世へ 4.ビザンチウムとイスラム 5.生存のための戦略 6.文書、絵、空間、精神 7.帝国の終焉

いわゆる東ローマ帝国の通史。VSIの歴史カテゴリはあまりハズレの記憶がないが、これも素晴らしい。

東ローマ帝国・ビザンチウム帝国は千年以上に渡って地理的・政治的・経済的・文化的のすべての意味で非常に重要な位置を占めていたが、わたしの記憶では学校の世界史の授業でそんなに深く教えられた記憶がない。どうもこの本の話では、完全にキリスト教帝国だったので、ルネサンスの人文主義者たちからバカにされ、"byzantine"というネガティブな形容詞にされたりで、西欧でも未だに評価されていないらしい。

また、当時はこの帝国は全世界の人が単にローマ帝国だと思っていたのだが、元のローマ帝国の西側(イタリアとかフランクとか)の連中が勝手にカトリック教会を作ったりするし、特に末期には十字軍だとかがコンスタンチノープルを蹂躙しているうちに、帝国の中の人たちが「俺たちはローマ=ラテンではない。ギリシアだ」と主張するように変化したらしい。この帝国、アラブやペルシャに対して常に軍事的に劣勢だったが、驚異的な外交力と情勢分析力で千年間生き延びた。最後はトルコ人によるジハードによって蹂躙されたのはとても悲しい話だ。

わたしの世界史の知識はかなりの部分がVSIで形成されていて、日本の教科書がどう教えているのか知らないが、ここは特にトルコとギリシアの関係や、ロシアやシリアやイランとの関係を考える上では必須の知識だと思われる。わたしが無知なだけかもしれないが、日本でもビザンツの歴史はもっと知らされるべきだし、何ならこの本を翻訳しても、結構な衝撃力があるんじゃないかと思う。

This book is a great reading. Indispensable background knowledge for understanding modern international relations around Greece, Turkey, et cetera.

Oxford Univ Pr (2015/10)
英語
ISBN-13: 978-0199236114