この本を読むのに時間がかかったのは、分厚いからではなく、面白過ぎるから。一ページ読むたびに色々な考えが湧いてきて、なかなか読み進めなかった。
ダニエル・カーネマンは行動経済学を開拓したというのでノーベル経済学賞を受賞している。しかし、サブプライム騒動以来、「行動経済学」と名のつく下らない本が巷に溢れているし、ノーベル経済学賞という賞は信用がない。従って、こんな本を読む理由もないところだったが、英国放送局の著者インタビューで少し興味を持ったので、開拓者の本を読んで行動経済学は終わりにしようと思っただけ。しかし、衝撃的に面白かった。
まず、著者は経済学者ではなく心理学者であり、この本の主題も経済には限っていない。特に前半は経済とは直接関係のない心理学の話だ。多分、邦訳が出る時には、「ノーベル賞」と「行動経済学」というワードを全面に出して売るんだと思うけど、そんなものに何の興味もない/うんざりしている人でも楽しく読める。わたしは心理学という学問もあまり尊敬していないが、ここ十数年で心理学は長足の進歩を遂げ、バカにできない。
簡単に言うと、この本は、人間の「直観」を疑う本だ。世の中には「直観を信じろ」という方向の自己啓発書的なものが多いが、この本は全く逆の方向の啓発になる。直観には構造的なバイアスがあり、簡単に錯覚する。そして教えられるまで自分が錯覚していることにも気がつかない。一時期、錯視図形のコレクションが流行ったが、この本は、直観の錯覚のコレクションのような趣もある。一々紹介しないけど、最近発見されている錯視図形に勝るとも劣らない、衝撃的な錯覚コレクションだ。
わたしとしては、特に前半部の統計に関する錯覚が興味深い。「統計でウソをつく本」みたいな本はいくらでもあるが、そういう本は、統計に関する教訓を垂れて終わることが多い。しかし、カーネマンは心理学者であり、錯覚の原因を追及する。錯視と同じように、錯覚には構造的な要因があり、どのような状況で、どのように人が錯覚するかは予測できるのだ。そして、錯視と同じように、正解を教えられても、人はなおも錯覚し続ける。ちょうど、「この二本の線は同じ長さだ」と頭では分かっていても、錯視が訂正されないように。そうと分かれば、錯覚を利用することもできる。
後半は経済学の教義に踏み込んでいく。この辺りはいわゆる行動経済学で、聞いたことのあるような話も多いが、それでもなおも面白いのは、さすがは開拓者と言ったところか。そもそもこの著者は話が上手い。対象読者は完全に一般人なので、特に予備知識は必要はない。もちろん、多少の統計学・経済学の基礎知識があれば、尚可だが、言っていることは、高校生くらいでも理解できそうだ。そのうち日本語訳も出ると思う。
The best book on behavioral economics by a Nobel laureate. Many self-help books recommend you to believe your intuition, but this book recommend the contrary. I guess this book is already among bestsellers in English-speaking countries.
2012年3月30日金曜日
2012年3月13日火曜日
Edwin H. Sutherland "The Professional Thief"
これも二十年前に読んだ本。初めて英語で学術書を全部読んだというので記憶に残っているだけではなく、単に面白かった。
サザランドは現代犯罪学の礎を築いた一人で、"differential association"「分化的接触」の理論で有名だ。この説によると、犯罪というのは単独の精神異常者が起こすのではなく、犯罪を良しとする集団(地域とか親族とか友達とか)があり、そこで学習されるという。当時からギャングはいたわけだし、普通に穏当な見解に思われるが、当時としては画期的だったらしい。当時の普通の考え方としては、犯罪者は単なるバカとか悪とか遺伝とか人種とか、あるいは逆に単なる合理的経済行動だとか労働者の闘いだとかいうことになっていたんで、普通の見方というのは、なかなか難しかったようだ。その後、サザランドは"white collar crime"「ホワイトカラー犯罪」という言葉を導入し、研究を進めていくがそれはともかく。
この本は、とある実在の"thief"(窃盗犯でいいと思う)とサザランドの合作で、職業盗賊のリアルな生活を描いている。といっても、戦前のアメリカの話なんで、いかにも大らかで、普通に銀行強盗とかが成り立っているし禁酒法とか言っている。そんな話が好きなら、多分、映画より面白いだろう。後半になってサザランドの解釈とかの部分になると、これは社会学の学生とか研究者向きということになるが・・・。
で、読み終わってレポートとか提出した後で、教官に「翻訳が出てるよ」と言われた。詐欺師コンウェルとかいうタイトルだったが、アマゾンでは見つからない。
From my college days. It was so interesting, even if you are not interested in sociology at all. A thief in good old days in America.
サザランドは現代犯罪学の礎を築いた一人で、"differential association"「分化的接触」の理論で有名だ。この説によると、犯罪というのは単独の精神異常者が起こすのではなく、犯罪を良しとする集団(地域とか親族とか友達とか)があり、そこで学習されるという。当時からギャングはいたわけだし、普通に穏当な見解に思われるが、当時としては画期的だったらしい。当時の普通の考え方としては、犯罪者は単なるバカとか悪とか遺伝とか人種とか、あるいは逆に単なる合理的経済行動だとか労働者の闘いだとかいうことになっていたんで、普通の見方というのは、なかなか難しかったようだ。その後、サザランドは"white collar crime"「ホワイトカラー犯罪」という言葉を導入し、研究を進めていくがそれはともかく。
この本は、とある実在の"thief"(窃盗犯でいいと思う)とサザランドの合作で、職業盗賊のリアルな生活を描いている。といっても、戦前のアメリカの話なんで、いかにも大らかで、普通に銀行強盗とかが成り立っているし禁酒法とか言っている。そんな話が好きなら、多分、映画より面白いだろう。後半になってサザランドの解釈とかの部分になると、これは社会学の学生とか研究者向きということになるが・・・。
で、読み終わってレポートとか提出した後で、教官に「翻訳が出てるよ」と言われた。詐欺師コンウェルとかいうタイトルだったが、アマゾンでは見つからない。
From my college days. It was so interesting, even if you are not interested in sociology at all. A thief in good old days in America.
Julian Jaynes "The Origin of Consciousness in the Breakdown of the Bicameral Mind"
これは二十年以上前に読んで結構呆れた本だが、たまに言及する人がいるので調べたら、2005年に翻訳が出ている。日本語訳はいかにもなタイトルにされてしまっているが、素直には「意識の起源と二院制の心の崩壊」。古代文明の遺産(叙事詩とか遺物)と(当時の)最新の脳科学理論から、意識の起源を考察したもの。
はっきり言ってトンデモ本の範疇だと思うし、検証不能というか、今では反証されている部分も多いんではないかと思う。なんでこんな本を読んだかと言うと、当時、わたしは「イーリアス」をギリシア語原文で読んでいたし、ついでに分裂症関係の文献も大量に読んでいて、しかも教官(さらに別の全然関係ない分野だが)がこの本に入れ込んでいたから。
というわけで、わたしの興味は主としてイーリアスと分裂症に関係する部分だった。分裂症というか統合失調症の基本症状の一つに「自分の考えなのに自分の考えとは思えない」というのがあり、現代人の場合は、ここから「電波で思考を操られている」とかいうことになるわけだが、古代人の場合はこれが「神の声である」ということになり、しかも、その神の声の言うことが割と筋が通っていて、社会全体で同じような声を聞いていたのであると。
それはそれでいいとして、思考をどこに帰属させるかの問題だけのような気がする。古代人が神々の声に盲目的に従っていたとして、現代人だって、社会に共有されているなんかの理論やら道徳やらに盲目的に従っているのであり、自動人間であることに大差はない。別に神々の思考と「自分」の思考に、別々の場所(右脳と左脳とか)を割り当てなくてもいいのではないかと思うのだ。それが誰の思考に帰属されるか、または感じられるかは、また別の話として・・・。
I put this book under the category "pseudo-science". I was really interested in Iliad and schizophrenia at the same time. Some ideas are really interesting but due to the limitation of the level of then current brain science a big part of this book is now out-dated.
はっきり言ってトンデモ本の範疇だと思うし、検証不能というか、今では反証されている部分も多いんではないかと思う。なんでこんな本を読んだかと言うと、当時、わたしは「イーリアス」をギリシア語原文で読んでいたし、ついでに分裂症関係の文献も大量に読んでいて、しかも教官(さらに別の全然関係ない分野だが)がこの本に入れ込んでいたから。
というわけで、わたしの興味は主としてイーリアスと分裂症に関係する部分だった。分裂症というか統合失調症の基本症状の一つに「自分の考えなのに自分の考えとは思えない」というのがあり、現代人の場合は、ここから「電波で思考を操られている」とかいうことになるわけだが、古代人の場合はこれが「神の声である」ということになり、しかも、その神の声の言うことが割と筋が通っていて、社会全体で同じような声を聞いていたのであると。
それはそれでいいとして、思考をどこに帰属させるかの問題だけのような気がする。古代人が神々の声に盲目的に従っていたとして、現代人だって、社会に共有されているなんかの理論やら道徳やらに盲目的に従っているのであり、自動人間であることに大差はない。別に神々の思考と「自分」の思考に、別々の場所(右脳と左脳とか)を割り当てなくてもいいのではないかと思うのだ。それが誰の思考に帰属されるか、または感じられるかは、また別の話として・・・。
I put this book under the category "pseudo-science". I was really interested in Iliad and schizophrenia at the same time. Some ideas are really interesting but due to the limitation of the level of then current brain science a big part of this book is now out-dated.
2012年3月8日木曜日
Burton G. Malkiel "A Random Walk Down Wall Street: The Time-Tested Strategy for Successful Investing"
翻訳も版を重ねている「ウォール街のランダム・ウォーカー」。わたしが株を買うきっかけだった。
本書は基本書であり、世界中どこでも、株式市場の業界関係者は全員読んでいる。難しい本ではないし、株式売買をするなら、素人であっても必読書と言える。みんなが読んでいる本は、やはり読んだほうが良い。語彙が増える。
よって立つ基本原理、効率的市場仮説は、要するに公開株式には全ての情報が織り込まれた値段がついているので、割安だったり割高だったりする銘柄は基本的に存在しえないということだ。独自情報や理論を元に出し抜こうとしても、多数のプロが鎬を削っている効率的な市場では無謀。ただし、株式市場は常にインフレに対して勝ち続けていることだけは事実なんで、リスクとリターンを考慮して適当にインデックス的に買って、あとはホールドしておけばよい。売買を繰り返すのは手数料を損するだけであると。
正しいかどうかは別として、専門家がランダム買いに負けるという理論は痛快ではある。そんなわけで、わたしは株を始めた。そして、ホリエモンが立候補して逮捕され、村上ファンドは解散し、リーマンは破綻し、木村剛は逮捕された。日航は上場廃止となり、東電は巨額の賠償を抱えている。どう見ても市場価格は全ての情報を織り込んでいなかった。個人的には、この間も不屈の精神でbuy & holdを貫徹しているが、だからといってこの本の主張を支持しているわけではない。わたしの成績はインデックスよりは全然マシだ。運が良いだけだと思うが・・・。
この本自体、専門家を否定すると言う意味で不可知論だが、近頃は更に過激な不可知論のほうが人気があるようだ。その最たるものが"The Black Swan"であろう。しかし、勉強という意味でも、こっちを先に読んだほうが良い。
本書は基本書であり、世界中どこでも、株式市場の業界関係者は全員読んでいる。難しい本ではないし、株式売買をするなら、素人であっても必読書と言える。みんなが読んでいる本は、やはり読んだほうが良い。語彙が増える。
よって立つ基本原理、効率的市場仮説は、要するに公開株式には全ての情報が織り込まれた値段がついているので、割安だったり割高だったりする銘柄は基本的に存在しえないということだ。独自情報や理論を元に出し抜こうとしても、多数のプロが鎬を削っている効率的な市場では無謀。ただし、株式市場は常にインフレに対して勝ち続けていることだけは事実なんで、リスクとリターンを考慮して適当にインデックス的に買って、あとはホールドしておけばよい。売買を繰り返すのは手数料を損するだけであると。
正しいかどうかは別として、専門家がランダム買いに負けるという理論は痛快ではある。そんなわけで、わたしは株を始めた。そして、ホリエモンが立候補して逮捕され、村上ファンドは解散し、リーマンは破綻し、木村剛は逮捕された。日航は上場廃止となり、東電は巨額の賠償を抱えている。どう見ても市場価格は全ての情報を織り込んでいなかった。個人的には、この間も不屈の精神でbuy & holdを貫徹しているが、だからといってこの本の主張を支持しているわけではない。わたしの成績はインデックスよりは全然マシだ。運が良いだけだと思うが・・・。
この本自体、専門家を否定すると言う意味で不可知論だが、近頃は更に過激な不可知論のほうが人気があるようだ。その最たるものが"The Black Swan"であろう。しかし、勉強という意味でも、こっちを先に読んだほうが良い。
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