2025年10月2日木曜日

Devon Price "Unmasking Autism: The Power of Embracing Our Hidden Neurodiversity" [自閉症の仮面をとる:わたしたちの隠された神経多様性を肯定する力]

Unmasking Autism (Amazon.co.jp)

自閉スペクトラム症の人たちが生きる新しい世界 (Amazon.co.jp)

自閉症についてこれまで読んだ本の中では随一と言う感じ。というのも、ASD関係の本の評価はその本にのっている「あるある」の量に比例しがちだが、この本が圧倒的だから。

日本語圏のASD関係の本は「いかに普通人たちに紛れて生き延びていくか」みたいな本が多いが、この著者がそういうスタンスでないのは原題から明らかである。著者は、もちろん環境条件によるという限定付きではあるが、基本的には堂々とASDを宣言して生きていけ、という立場だ。日本語訳はなんか色々日本的に配慮したんだろう。

しかし、子どものうちにASDの診断を受けたごく一部の幸運な人たちを除けば、たいていのASD者は普通人に紛れることを人生の最大の課題として長年生きてきたわけだし、この著者の呼びかけに単純に答えられる人は少ないのではないかと思う。とはいえ、そもそもこの社会が根本的に間違っているのではないかと疑ってみる価値はあるとは思う。多くのASD者はこの社会の価値観を内面化して、多かれ少なかれ自分を卑小な人間だと思っているが、全くそんな風に考える必要はない。それがこの本の最大のメッセージで、いわゆる「カミングアウト」とか"Unmasking"をするべきかどうかは大した問題ではない。わたしの見解では「カミングアウト」などという制度が存在すること自体間違っているが。

ちょっとひっかかるところがあるとしたら、この著者自身は、自分がASDというだけでなく、トランスでもあると言っており、一緒に議論している箇所も多い。もちろん、社会問題という意味では、ASDと性的少数者と身体障害者の問題は確実に全部つながっているが、純粋に生物学的にASDとトランスであることに何か関係があるのかどうか…。

特にトランスの問題は難解で、直前に読んだ本は、「社会不適合に悩むASD者に『それはあなたがトランスだからだよ』と声をかけて誘いこむトランス団体」みたいなのを糾弾していた。正直なところ、わたしにとって性的少数者というのは縁遠い世界の話だが、それはそれでありそうな話に思える。

あと一つあるのは、色んなタイプのASDをあまり区別していないことだろうか。多動性でずっと貧乏ゆすりしているような人種と、平気で何時間もじっとしていられる人種の生存戦略を一緒に論じるのは乱暴すぎる。…いくらでもこの本については語れるが、要するに読む価値のある本だということだ。

Octopus Publishing Ltd. (2022/4/7)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1800960558