2025年10月16日木曜日

Emmanuel Todd "La Défaite de l'Occident" [西洋の敗北]

西洋の敗北 (Amazon.co.jp)

ウクライナ戦争を軸とした地政学。色々な論点はあるが、わたしの記憶に残るのは①アメリカのGDPは虚業で膨らんでおり、実際にはウクライナに武器を供給する工業生産力はない。②ロシアは西洋以外から支持されており負けない。侵攻が遅く見えるのは損失を最小にしてウクライナの軍事装置を破壊するためである。③西洋を支えてきた価値観(キリスト教)は既にほとんど失われている。

ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に対する考え方も印象的だ。カトリックは洗礼を受けた人間は全員平等だが、プロテスタンティズムでは人間は生まれつき不平等なので人種差別など平気である。プロテスタント諸国が経済的に成長したのは、プロテスタンティズムでは全員が聖書を読める必要があり、識字率が上がって優れた労働者が生まれたからで、予定召命説とかBerufとかどうでもいい云々。

大部な本で全容は紹介できない。著者の考えに全面同意する気もないが、面白くてわりと一気に読んだ。しかし、世界に何の影響力もないわたしのような個人がこんな本を読んで世界のことを考えて何か意味があるのかという気もする。娯楽として消費しているだけ、というのが実態ではある。

Gallimard (2024/1/11)
言語 ‏ : ‎ フランス語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-2073041135

2025年10月2日木曜日

Devon Price "Unmasking Autism: The Power of Embracing Our Hidden Neurodiversity" [自閉症の仮面をとる:わたしたちの隠された神経多様性を肯定する力]

Unmasking Autism (Amazon.co.jp)

自閉スペクトラム症の人たちが生きる新しい世界 (Amazon.co.jp)

自閉症についてこれまで読んだ本の中では随一と言う感じ。というのも、ASD関係の本の評価はその本にのっている「あるある」の量に比例しがちだが、この本が圧倒的だから。

日本語圏のASD関係の本は「いかに普通人たちに紛れて生き延びていくか」みたいな本が多いが、この著者がそういうスタンスでないのは原題から明らかである。著者は、もちろん環境条件によるという限定付きではあるが、基本的には堂々とASDを宣言して生きていけ、という立場だ。日本語訳はなんか色々日本的に配慮したんだろう。

しかし、子どものうちにASDの診断を受けたごく一部の幸運な人たちを除けば、たいていのASD者は普通人に紛れることを人生の最大の課題として長年生きてきたわけだし、この著者の呼びかけに単純に答えられる人は少ないのではないかと思う。とはいえ、そもそもこの社会が根本的に間違っているのではないかと疑ってみる価値はあるとは思う。多くのASD者はこの社会の価値観を内面化して、多かれ少なかれ自分を卑小な人間だと思っているが、全くそんな風に考える必要はない。それがこの本の最大のメッセージで、いわゆる「カミングアウト」とか"Unmasking"をするべきかどうかは大した問題ではない。わたしの見解では「カミングアウト」などという制度が存在すること自体間違っているが。

ちょっとひっかかるところがあるとしたら、この著者自身は、自分がASDというだけでなく、トランスでもあると言っており、一緒に議論している箇所も多い。もちろん、社会問題という意味では、ASDと性的少数者と身体障害者の問題は確実に全部つながっているが、純粋に生物学的にASDとトランスであることに何か関係があるのかどうか…。

特にトランスの問題は難解で、直前に読んだ本は、「社会不適合に悩むASD者に『それはあなたがトランスだからだよ』と声をかけて誘いこむトランス団体」みたいなのを糾弾していた。正直なところ、わたしにとって性的少数者というのは縁遠い世界の話だが、それはそれでありそうな話に思える。

あと一つあるのは、色んなタイプのASDをあまり区別していないことだろうか。多動性でずっと貧乏ゆすりしているような人種と、平気で何時間もじっとしていられる人種の生存戦略を一緒に論じるのは乱暴すぎる。…いくらでもこの本については語れるが、要するに読む価値のある本だということだ。

Octopus Publishing Ltd. (2022/4/7)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1800960558