2022年6月30日木曜日

Eric Lauga "Fluid Mechanics: A Very Short Introduction" [流体力学:非常に短い入門]

目次:1.流体 2.粘性 3.管 4.次元 5.境界層 6.渦 7.不安定性 8.流体と流れを研究すること

この本が面白過ぎるのは①流体力学自体が面白い②わたしが流体力学とか連続体力学とかいう分野に疎すぎる③この本の書き方が面白いのどのせいか分からないが、多分、全部のせいだろう。

わたしの流体力学の知識は資格で言えば高圧ガス(機械/冷凍)・水力発電(電気主任)・騒音振動(環境計量士)・公害防止管理者(大気・水質・騒音振動)程度の話で、この辺り程度の流体力学の知識はこの本の小さな部分に過ぎない。ナビエ・ストークスの式もハーゲン・ポワズイユの式もベルヌーイの定理もレイノルズ数もすべて解説されている。この本、できるだけ数式は避けるとかいう切り口上にも関わらず、これほど数式の満載されているVSIは記憶にない。二階の微分方程式(ナビエ・ストークス)が載っているのは後にも先にもこの本くらいだろう。たいていは日本なら高校生でも理解できると思うが、もしかすると少し難しいかもしれない。

面白過ぎるし、今後のために復習を兼ねて見直していく。第一章「流体」は、流体とは何かという話だが、固体と違う流体特有の概念、圧力・浮力・表面張力などの概念も説明される。まだ流れが導入されていないので流体静力学みたいなことだ。

第二章「粘性」では流れが導入される。まずラグランジュ表示とオイラー表示の区別がされ、すべての流れがtranslation/rotation/extensionに分解可能というのは、多分流体力学の定例の入り口なんだろう。この本で扱う流体は非圧縮性流体がほとんどなので発散はゼロになるとか言っているが、このあたり、解析幾何に縁がないと何のことか分かりにくい可能性もある。一通り準備をした後で、せん断応力からニュートン流体の粘度が導入される。でクエット流れからすべりなし条件や可逆性などの基本概念も示され、最後にはナビエ・ストークスの式の式が示される。

第三章「管」は上のような工業資格的には重要な章だ。連続の式について説明したあと、円管におけるハーゲン・ポワズイユの式が示される。レイノルズによる層流から乱流への相転移も示され、この辺りは特にガス配管などでかなり広範囲な応用があるところで、本書でも詳細に示される。

第四章「次元」は、一見謎のタイトルだが、いわゆる次元解析が流体力学では非常に重要で、様々な無次元数が導入される。できるだけ数式を避けるとか言っていたはずだが、最早全く避けていない。最初に導入されるのはもちろんレイノルズ数Reだが、ウォマスリー数Wo・フルード数Fr・ボンド数Bo・ウェーバー数We・キャピラリ数Ca・マッハ数Ma・ロスビー数Roが次々に実例とともに紹介される。この実例がそれぞれ面白く、例えば水面を進むカモの後ろにできる波の角度が19.5度(開き角では39度)と流体力学的に決まっているとか初耳ですが。

第五章「境界層」は歴史通りに展開する。完全流体の仮定からベルヌーイの式を導く。水力発電の計算で酷使される式だ。さらに完全流体であれば物体が流体中を移動する時に抗力が発生するわけがないというダランベールの逆説からレイノルズ数が高い場合の境界層が発見される。流れの剥離の重要性は飛行機で明らかにされる。

第六章「渦」は工業的に重要なカルマン渦とストローハル数Stが導入される。生物が利用するカルマン渦や気象現象、マグナス効果なども面白いが、この章で最も注目するべきはヘルムホルツの渦定理から飛行機の揚力の説明だろう。一時期、揚力の説明が大学レベルの教科書でもムチャクチャだとか界隈で話題になったが、この本はさすがにそんなヘマはしていない。

第七章「不安定性」は流体の不安定性を扱う。レイリー・テーラー不安定性は比重の異なる二つの流体の混合を扱う。レイリー・プラトー不安定性は円柱状の流体が表面張力と特定周波数の攪乱が強化されることによる。テイラー・クエットは遠心力による不安定性を扱う。サフマン・テイラーは粘度の異なる二つの流体の混合を扱う。ケルビン・ヘルムホルツは密度や速度の異なる二つの流体の海面に生じる波上の不安定性を扱う。この章に限ったことではないが、数式のほかに写真が多いのも楽しい。

第八章「流体と流れを研究すること」は流体力学の未来について述べているが、既に明らかなように範囲が巨大で、消化しきれない。とはいうものの、飛沫感染みたいな例を入れているのは時代という気がした。

ここまで書いて分かったが、個々の話については全然知らない話でもない。ただ、今まで流体力学という科目として勉強したことがなかった。多分、統計学と同じで、流体力学の専門家というのが各工業分野に散らばってしまっているのではなかろうか。ここまでVSIを大量に読んできて、もうアカデミアのほとんどの分野を踏んでしまったような気もしていたが、まだまだのようだ。

One of the best titles of VSI series. In spite of the author's statement, there are a tons of mathematical expressions. Maybe equally lots of photos compensate for it. If you do not mind equations, after reading this book, you would most likely want to learn more about this field.

Oxford University Press (2022/4/28)
言語:英語
ISBN-13: 978-0198831006

2022年6月21日火曜日

Bertrand Russell "In Praise of Idleness" [無為を讃えて]

目次:1.無為を讃えて 2.「無駄な」知識 3. 建築と社会問題 4.現代のミダス 5.ファシズムの起源 6.スキュラとカリブディスまたは共産主義とファシズム 7.社会主義のために 8.西洋文明 9.若い冷笑について 10.現代の均一性 11.人間対昆虫 12.教育と規律 13.ストア主義とメンタルヘルス 14.彗星について 15.魂とは何か?

ラッセル卿のエッセイ集で、今時はめっきり減ったタイプの本だなあと思う。だいたい社会批評みたいなことだが、原著出版年が1935年という、ちょうどヒトラーが暴れ始めている頃で、時代の空気もあり。時々日本への言及もあるのは、やっぱり日本は大国だったのだろう。社会主義に対する楽観は今となっては目立つ。

ラッセル卿と言えばノーベル文学書受賞者であり、数理論理学の大家だが、あまり流行らなくなっていくだろうと思うのは、数理論理学とか数学基礎論とか呼ばれる分野がどう見ても衰退しているからだ。数学科では明確に衰退したし、哲学科でもどうなんかな。論理学自体は基本的に思考の訓練用で、もちろん細々と続いているのだとは思うが。「ゲーデル・エッシャー・バッハ」とか、もうあの頃は衰退気味だったのかもしれない。メタ数学だの集合論だの不完全性定理だのを嬉々として語っていた人たちはどこにいったのだろうか。計算機科学では確かに論理回路レベルで分析哲学みたいな話はあるが、関数型プログラミングとか永遠に離陸しない。VSIでもMetaphysicsとかかなり面白いが、話が微細になり過ぎて専業でやるのはしんどいかもしれない。

とにかくラッセル卿は数理論理学者としては間違いなく大家には違いないが、この類のエッセイについては、直弟子のヴィトゲンシュタインですらあまりに感心していなかったようだ。ただ、そこはノーベル文学賞受賞者であり、数理論理学自体が読まれなくなっても、エッセイについては名文だという理由で今でもしぶとく読まれているらしい。わたしがこれを読んだのはタイトルに惹かれたからで、簡単に言うと別にそんなに働かなくても人類は食えるだろうというようなことで、社会主義を推奨するようなことだ。ラッセル卿は常識的な人であり、変に尖った意見とかはないし、特に感動するような文明批評もないが、なんとなく最後まで読んでしまうあたりは人柄なんだろう。昔から英文読解のいい材料になっているし、高校生でも読めるだろう。

Nowadays nobody talks about foundations of mathematics. His essays will survive a bit for his famous clear English....

Thomas Dunne Books; Reprint版 (2017/6/6)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1250098719

2022年6月16日木曜日

Paul Klenerman "The Immune System: A Very Short Introduction" [免疫系:非常に短い入門]

目次:1.免疫系とは何か 2.第一対応者:先天性免疫反応 3.適応免疫:(非)自己発見の旅 4.記憶を作ること 5.少なすぎる免疫:免疫学的不全 6.多すぎる免疫:自己免疫とアレルギー疾患 7.免疫系v2.0

似たような話を扱うタイトルはVSIにも他にも色々あるが、多分、これが一番評判が良い。免疫の話となると病原体や白血球やを擬人化というか、意志を持った存在みたいに扱ってしまい、それなら別に「はたらく細胞」でも読んでいればいい。我々が知りたいのは、例えば分子化学レベルでどうやって免疫細胞が患部に引き寄せられるのかとかいうようなことで、そこまで来ると確かにこの本が最善というか類書がないのではないかと思う。ただ、もちろん、最低限の生物化学の知識は必要だが、日本で言えば高校の生物化学レベルではないかと思う。

というようなことで、現代医学でもよく分からないことはたくさんあるにしても、差し当たり今のところ免疫系について分かっていることの概観が提示される。その上で免疫系の病気や治療の例も面白い。人類の免疫系はウイルスやバクテリアだけでなく多細胞生物に寄生される前提で設計されているので、寄生虫を駆除した時点で免疫系が正常運転していないとかいうのは、どうも確からしい。腸内細菌と人体は極薄の膜でしか隔てられておらず、病原体が多少侵入したくらいで炎症を起こしている場合ではないし、免疫系の通常運転は常に腸内細菌と反応して維持されているので、腸内の生態系が変わると免疫系の運転状態が変わるのも確からしい。複雑過ぎて「特定の乳酸菌で花粉症が治る」みたいな話ではなさそうだが。そもそも本書で言われている通り、免疫系は個人差が多すぎて、そのせいで骨髄バンクでも滅多に適合者がいないとかいう話で、何をするにしても各個人向けにカスタマイズする必要がある。

自己貪食の話も少しあって、結局、多少飢餓状態があったほうが健康にいいのは確からしいとか、他にも色々面白い話はあった。リューマチが自己免疫疾患とは初耳である…とか。近頃はもう抗生物質の候補がないとか、単純な化学レベルではあまりいい話はないが、こういうレベルだとまだまだ広大な未踏領域が広がっている。一般には少し難しい本なのかもしれないが、これを越えると、もう本当の専門書しかないかもしれない。

The best overview of the field.

Oxford Univ Pr (2018/1/30)
言語:英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198753902

2022年6月8日水曜日

Kaplan "GRE Exam Vocabulary in a Box" [GRE試験単語カード]

GRE(北米の大学院入試の共通テスト)用の英単語カード。多分、英検一級くらいだと思う。丸暗記が得意な人には良いと思う。

わたしはこの類の単語丸暗記は自分には無理と悟っているが、昔買ったらしく発掘されたので一通りやってみた。わたしも毎日それなりに高度な英文を読んでいるからかなり単語量は多いほうだと思うが、それでも知らない単語は多数ある。こういうの、「試験以外で見たことがない」単語がどうしても多いし。昔の英文学とか読んでいる人はまた違うのかもしれない。少なくとも新聞を読んだりするくらいなら難しすぎる。漢検なら確実に準一級は超えており、一級相当だろう。北米の大学院に進学したいのならこれくらいやらないといけないのかもしれない。しかし、実際にこんなの必要なのはせいぜい文学系じゃないかとも思う。マニア向けだろう。一つ文句があるとしたら、カードの紙質が硬くて端も角も尖っているから気を付けて扱わないと痛い。

I hate the quality of the cards. Physical strength is nice, but they are too edgy and my fingers all have fallen off.

Kaplan Publishing (2007/7/3)
言語:英語
ISBN-13:978-1419552205