2025年4月16日水曜日

Philip Dwyer "Violence: A Very Short Introduction" [暴力:非常に短い入門]

Violence (Amazon.c.jp)

Amazonのレビューに一つ酷評がついているが、全く同感だ。これまで大量にVSIシリーズを読んできたが、VSIに限らず、このブログの中でも屈指のダメ本だろう。

内容は、例によって最初に定義みたいな話はあるが、結局曖昧なまま進む。あとは特に近代以降の、社会問題化したような古今東西の暴力(戦争~残虐刑~DVを含む)を断罪陳列しているだけ。定義について曖昧にしたまま、著者の倫理観的に許されない暴力の事例が並べられているだけだ。

例えば、警察官が犯罪者を取り押さえたりするような場合や、子供同士のケンカなどは取り上げられもしない。植民地支配は暴力だが、それに対する反乱は暴力ではないらしい。死刑は暴力だが懲役は暴力ではないらしい。そういう定義ならそれで全く構わないが、それならその点ははっきりさせるべきだろう。

この本はVSIでたまにある「断罪系」なんだけど、本当にそれ以外に内容がほとんどない。こういう話なら、

・暴力の生物学的起原
・暴力の心理学的メカニズム
・国家による合法的暴力の独占の変遷
・暴力のコントロール方法
・暴力を制圧するための暴力
・…

など、色々な興味深い論点があるはずだが、ほぼ問題にされていない。せめて聞いたことのない事例が多く紹介されていれば世界史の勉強になったり、人によっては猟奇的ホラー的興味の対象になるかもしれないが、ほぼ聞いたことのある話だ。

まだまだ文句は言えるし、実際に書きもしたが、長くなるので消した。著者について少し調べたら、歴史の専門家で、生物学・心理学・社会学・哲学みたいな要素はない。歴史の特定の分野では権威なんだろう。

Oxford Univ Pr (2022/6/24)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0198831730

2025年4月14日月曜日

Daron Acemoglu, James A. Robinson "The Narrow Corridor: States, Societies, and the Fate of Liberty" [狭い回廊:国家と社会と自由の運命]

 The Narrow Corridor (Amazon.co.jp)

自由の命運(上)(Amazon.co.jp)

自由の命運(下)(Amazon.co.jp)

だいたい前著"Why Nations Fail"と同じ世界観で、巷ではより考察が深まったとか言われているが、それよりはさまざまな世界史エピソード集みたいな魅力が圧倒的で、本体の主張については、そんなに衝撃はない。主張自体は、①有能な国家と②国家の行動に足かせをつける社会の二つが常に競って能力を高めていく必要がある、というところ。別に読むのにそんなに予備知識はいらないし、一応ノーベル経済学賞案件なので、誰が読んでもまず損はない。日本語訳もしっかり出ている名著なので、概要はどこにでも書いてあるだろう。

個人的に一番興味があったのは、搾取するエリート層がいないにも関わらず、相互監視のせいで発展しない社会の例だ。つまり、ちょっと努力して少し蓄財したりすると、周りがタカってきてつぶしてしまうのである。このような社会では誰もまあまあの労働しかしないし、当然経済も発展しない…。

関係ない別の本の話だが、働かないおじさんがデフレ時代には合理的だったという話がある。詳しくは『物価を考える』(Amazon.co.jp)という和書があるが、要は、デフレ時代には労働の質を上げても給料が大して上がらないし、労働の質を下げても賃金の下方硬直性がある。これは労働に限ったことではなく、デフレ下では、高品質な物を作っても大して高価格に設定できない。競争は低品質低価格のほうに向かう。

こういう話を聞くと、自分の個人的な体験が思い起こされてくる。もちろん、本書の中心的な問題は前著同様「エリートが強すぎて何でも搾取してしまうので庶民が努力しない社会」と「無政府状態でまともな商取引などができない社会」で、一応どちらでもない(=回廊内にいる)とされている現代日本に生きているのは幸運なことだが、ローカルには現代日本にもそんなことはあるよなあ…と思う。

最後の部分はアメリカの未来にあてられている。アメリカの問題はエリートが強すぎて庶民が絶望していることで、ヒトラーを生み出したヴァイマール共和国みたいな話だが、本書出版以降、実際その路線を進行中である。実のところ、わたしとしては、本書の大雑把な主張で目の前の現実を捌けるとは思わないが、間違いなく一つの面をとらえているんだろう。

しかし、最初に書いたように、わたしが思う本書の最大の魅力は世界史エピソードにある。主張自体に興味がある人からすると、いろいろ物足りないかもしれないが、読んで損のない本だと思う。

出版社 ‏ : ‎ Penguin Press (2019/9/24)
言語 ‏ : ‎ 英語
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0735224384